碧人に名前を呼ばれ、私は我に返り。

ギュッと碧人の白シャツを握っている事に気づいたのだ。


「ご、ごめん!」


パッと掴んでいた腕から手を離し、私は模造紙に目を向けた。

広げられた模造紙の上に、レイは腹這いになって頬杖を突き、ニコニコしながら碧人と私を眺めている。


「涼香の怖がりは、昔から変わらないな。大丈夫だよ、虫とか出てこなかったろ?」


碧人に名前で呼ばれたのは、何時以来だろう。

懐かしい呼び方に、私の心はドキドキと高鳴るのを感じる。


碧人にはレイの姿が見えてないの?

私以外には見えないと言ってたのは、本当だったんだ!

ということは。目の前の碧人は、まだ繭に告白されていないんだ。

まだ、呼び出されてもいないって事だよね?



なら。

私が、今ここで気持ちを伝えても構わないんだよね?


「あの、碧人。私……」

「ん?」


言いかけた私は、レイの視線に気づく。

さっきから、碧人と私の事を教壇に座って見下ろしているじゃないか。


誰かに見られている状況で、言えっこない。

例え碧人には見えない妖精でも。

私には、しっかりと。

その姿が見えてしまっているのだから。


「何でもない。雨も降って来たみたいだし、早く片して帰ろう」


その場を誤魔化し、私は碧人にプリントの束を手渡した。


「それは、先生の机に置いて。で、こっちの模造紙は廊下の壁に貼ってくれる?」

「なんだよ、人使い荒くねぇ?」