「その部分の瞬一くんのハミングがたまたま残してありました。

それを使おうと思っています」


ハミングとは要するに鼻歌のことである。

本当は歌詞を当てはめるはずのメロディーを鼻歌でさらった録音が残っていたということだ。


瞬一は手前からの流れが参考になるかもしれないと言って、歌詞が出来ている所からハミングでその部分を何度も歌って、歌詞を考えていたらしい。



楠木さんは聞きたいことはふたつです、そう前置きをした。


「このような瞬一くんの納得のいっていない状態の音源を発売しても良いかということと、」


楠木さんはそこで、この日初めて言い淀んだ。

それだけ私の心がえぐられるかもしれない、ということだ。


心にバリアを張って身構えたけれど、何となく聞かれることは想像できた。



「……瞬一くんから、そこの歌詞を聞いていたりしませんか。

歌詞カードになら載せることが出来ます」


音源はどうしようもないけど、ということだろう。

予想通りの質問に、事前に張ったバリアでしっかりと対応しようとした。けれどその先にやらなければならないことが分かって、バリアだけでは対応しきれなかった。

ずっと目を背けてきたものに立ち向かわなければならない。


「まずお答えしやすい方から……私も、聞いてはいません。ただ……」


「ただ?」


その先は言いたく無かった。

これを伝えてしまうと、いばらの中に自ら飛び込むようなものだから。


それでも言わないという選択肢は無い。

”その中”に本当に歌詞が書いてあったら、瞬一の活動の妨げになってしまう。