「ねえ、授業始まっちゃうよ」


私がやっとの思いで控えめに彼の手を引くと、彼はそこで立ち止まった。

そして、振り返る。

その顔はいたずらっ子のように笑っている。

人の目を見て話すのが苦手な私が、なぜかその彼の顔からは目が離せなくなった。


「サボらない?」

彼の背後から、窓越しの明るい陽の光が差している。


彼の意外な発言に驚いた。

彼はもっと真面目なタイプかと思っていた。

やっぱり、彼の知らないところがたくさんある。


授業をサボろうだなんて誘ってくる新しい一面を知って、それでも全く嫌だとは思わなかった。

サボるだなんてそんな選択肢、彼に出会わなかったら知らなかった。


知らない道を教えてくれた悪戯な笑みを浮かべる彼が、ひどく魅力的に見えた。


「うん!」


私は彼と同じ高さまで階段を登った。

彼がお日様のように笑う。


彼が進む方について行ったら、きっと楽しいに違いない。


そこからは彼に引っ張られるのではなく、自分の意志で走った。手を繋いだまま。


小学生の頃、授業中にトイレに行きたくなったら、一番近くのトイレではなく、一階上の少し遠いトイレに行くようにしていた。

みんなが静かに真面目に授業を受けている中、こっそり授業をサボっているほんのちょっぴりの背徳感にとてもワクワクした。

あのときの気持ちを思い出した。


校舎の最上階まで上がったところで走るのをやめ、歩いて奥へ進んでいく。

最上階は音楽室や美術室などの特別教室しかないフロアで、授業がないときは人気がない。

今は全く人がいないから、今日の1限に芸術科目は無いようだ。


私と彼の足音だけが廊下に響く。

どこへ行くんだろう?

私の選択科目は音楽で、最上階に来るのは授業のために音楽室に行くときだけだ。

その音楽室もさっき通り過ぎてしまったから、ここまで歩いて来たことはない。


と、彼は一つのドアの前で足を止めた。