彼の家の前に着き、インターフォンを鳴らした。


何度も鳴らしたインターフォン。

それはいつも彼に会う直前だ。


インターフォンを鳴らしてから、彼が出てくる僅かな間でいつも身だしなみを整えたものだ。

いつもの癖で、そわそわして前髪を整えてしまう。


彼のお母さんはすぐに出てきた。


「さあさあ、早く上がって」


彼が死んで以来、ずっと無理して笑っていた彼のお母さんだったが、今は初めて心から笑っているような気がした。

私は急いで、パンプスを脱いで、彼の家に上がった。

「お邪魔します」と言うのも忘れていた。


彼の母は私を居間に招いた。


居間に入ると、何度もやって来た馴染みの景色に涙腺が緩んだ。


彼と、彼のお父さんとお母さんと、私の4人で、何度も夕飯を食べた。

彼が入院して以来、めっきりそんなことが無くなっていた。

たったの3ヶ月前なのに、随分と遠い昔だったような気がする。


その想い出のテーブルの上にはお菓子の缶が置いてあった。

その缶の上に「優梨花へ」と書いた封筒が貼ってあるのに気づいた瞬間に、周りの音が一気に消える。

鼓動がどんどん早くなる。


たった4文字でも見間違えるはずがない、紛れもなくそれは彼の字だった。


「瞬一の荷物を整理してたらね、見つけたのよ!」


彼のお母さんの興奮した声が、遠くの方で聞こえる。


「これ、何か知ってる?瞬一から何か聞いたりした?」


私は首を横に振り、なんとか返事をした。

しかし、ほとんど上の空だった。


彼の部屋にはよく来たが、見たこともなかった。


「大丈夫。中は見てないから」


そう言って、彼のお母さんは居間を出て行った。


瞬一のこととなると、理性を保てそうになかった。

このまま上の空で返事をし続けるのも申し訳ない。


その気遣いにとても感謝した。


私はテーブルに駆け寄って、椅子に浅く腰掛け、缶の蓋を開けた。

ぴっちり閉まった蓋はすぐには開かず、とてももどかしかった。


そこには、パッと見では数えられないほど多くのSDカードと一台の録音機が入っていた。

すぐに、缶の蓋に貼り付けられた封筒を取り外し、中身を取り出す。


手紙を開いた瞬間、彼の匂いが一気にあふれだした気がした。

そこには彼の流暢な、それでいて優しさあふれる字が並んでいた。