チク タク チク タ......
過ぎた時間は、もう二度と戻ってはこない。
でも、これから始まる時間は、いつだって、どんなことだって変えられる。
ひとりなんかじゃない。
...... だから、一緒に歩いてゆこう。
桜の花びらがひらひらと舞う。
体にあたる風は、心地いい。
ちょうどこの日は、はるにぃが転校して初日だった。
髪を下のほうにピンクのゴムで二つに結んである女の子、麻尋は、学校と並んでいるゆるい坂道を登る。
小さな手には、淡いピンク色の桜の花がある。
スカートをなびかせながら、ふわっとした笑顔で歩く。
その左側には、正門に『千石中学校』と書かれていた。
麻尋の向かい側には、紺色のブレザーの征服を着た男の子がひとり、歩いてきた。その隣には、黄色のひよこのエプロンをさげた女の人。
麻尋は、それに気づくとぱあっと微笑んで走り出す。
「はるにぃ、みっちゃん先生ー!」
はるにぃと呼ばれた男の子に抱きついた。
「麻尋?ここまできたの?」
笑いながら、そっと頭をなでるはるにぃ。
みっちゃん先生は、麻尋とはるにぃをやさしく引き離した。
「麻尋ちゃん。はるにぃはこれから学校があるんだよ。」
“ 学校......!”と目をキラキラさせてつぶやく麻尋。
「はるにぃ、がんばってね!」
そういって、手の中の桜の花をわたした。
「えっ、くれるの?」
「うんっ!あげるの!」
恥ずかしそうに、みっちゃんに抱きつきながら、こちらを見る麻尋にくすっと笑う。
「ありがとう。」
「ほら、そろそろ行かないと遅れちゃうよ。」
みっちゃんがはるにぃの背中を押す。
「うん。じゃあ、行ってくるね。」
そういうと、はるにぃは門の中に入った。
「はるにぃ、バイバイ。」
手をふる麻尋に、笑って手をふりかえした。
「さあ、麻尋ちゃん。『ひまわり』に帰ろっか。」
だんだんとみっちゃんの顔がぼやけていく。繋いだ手が、離れていく。
............ 意識がとおのいていく。
「はっ.........。」
目を開けると、見慣れた薄汚れの天井があった。
あたりは、暗くてしーんとしていて。間違えなく、あたしの部屋だった。
「............ 夢...だったの?」
小さい頃の夢。... どうせなら、ずっと夢の中がよかった。
チク タク チク タ...
過ぎた時間は、もう二度と戻ってはこない。
たとえ、どんなに楽しくても... 辛くても、時間は進むだけ。
暗い部屋のなかに灯る豆電球はまぶしい。
あのころの、記憶...。
麻尋は、ゆっくりと起き上がる。そして、机の引き出しから古びたビデオテープをだした。大切そうにデッキにいれると、その映像はすぐに流れた。
なつかしい部屋に、なつかしい人...。
小さい頃の麻尋だ。髪をピンクのゴムで結んでいて、くりっとした目。流れたのは、3才の誕生日祝いのときのビデオだった。
たわいない家族との会話。あふれる笑顔。そこに映るのは、なんともない日常なわけで。
.....でも、今となってはうらやましい。
......この頃の自分がうらやましい。