受験生のくせにまだ美術室に入り浸っていた九月の終わり、あの最後の日、美術室に来て「帰ろうぜ」とシゲは私に声をかけた。


断った時何かおかしいなとちらっと思ったけれど、何もしなかった。結局、春ちゃんと少し話しただけでシゲは帰っていったんだ。


十月頭の都民の日に出かける約束をしてたし、まあいいかなんて思ってた。楽しみにしてると思われたら嫌だななんて思ってた。


あれが最後なんてわかるはずある?


静岡の高校に行くかもって聞いてたけど、まだまだ先のことで、そんなこと聞かなかったことにしたかった。





でもその翌日、家の事情で急にシゲが転校したと担任がホームルームで報告したとき、いろいろ聞いてくるみんなについ「静岡に行くって言ってた」と言ってしまった。


それが失敗だったんだ、と振り返れば思う。


最初同情的だったはずの女子たちが、翌日から一転私を悪者にした。リーダー的存在だった愛華が何か言ったんだってことはわかってたけどもう遅かった。


「転校のことも知ってたのに隠してて、今も何か隠してるんでしょ」と何度も愛華に詰め寄られても。


シゲからは何の連絡もなく携帯もつながらなくなって、どうなってるのか全くわからなかった。




黙り込むようになってから、本格的に無視され、持ち物を隠されるようになって。


「ただの友達とか言ってたくせに結局つきあってたんでしょ、嘘つきだよね」とだんだん話がエスカレートしていった。


同じクラスの古瀬純が、靴を見つけてきてくれたり一人でいるところに声をかけてくれたりするようになると、「さっさと乗り換えた」とさらに非難された。


内申に響くという反撃を純がしたからか、あからさまな嫌がらせはやがておさまったけど、純とどうしたこうしたというバカバカしい噂を流されて、女子には遠巻きにされたままだった。


愛華をもちろん恨んだけど、それでも波風立てないように作り笑いをする自分にもうんざりだった。教室で完全に一人で居られるほどの強さを、持っていたらよかったのに。


シゲみたいに、誰にも踏み込ませない薄情な強さを。