シゲがいなくなって、初めて認めた。


春ちゃんだけじゃダメだった。シゲがいないとダメだった。春ちゃんがいなくても、二人で遊ぶのは楽しかったのに。


結局、そういうことだった。


でも認めたくなくて純と付き合うことにしたのに、全然忘れられなくて。


楽しそうに黒板を見つめる純の横顔を見て、でもこれでいいんだと思い直す。きっと時間が経てば、この美術室が思い出になれば、忘れられる。


黒板に絵を描くことも二度とない。




自分の部屋のベッドの上で、両手のひらを見る。白く汚れたままかな、この手は今も。


純には恋人ができて、シゲに本当のことを伝えると言ってた。でも手も声も震えていたよ、純。


自分勝手すぎる私にだってわかってる。これは純の問題で、私が勝手に話していいことじゃない。


純が、自分自身のために言いたくなるまで待たなくちゃ。私のために無理させたらダメ。


純は怖がってる。親や友達にカミングアウトしたことを後悔しているという話をネットでたくさん仕入れてたよね。「でも僕には結衣がいるからよかった」とそう言ってくれてた。


臆病で自意識過剰な私たちには、あの嘘が必要だった。ずっと私たちを守ってくれてた。




それでも、もしも時間が戻せるなら、あの瞬間に戻りたい。


まだ一つの嘘もつく前の、「帰ろうぜ」ってシゲが言う夕方の美術室。


春ちゃんの所に残らずに一緒に帰ったら、引っ越すこととか話してくれてた? なんで都民の日に誘ったのか、聞いてもよかった?


『付き合ってなんかないけど、色々聞いてた。黙っててほんとにごめんね』


愛華に聞かれた時、心からそう言えてたらよかったのにね。