部屋に帰ってからも、シゲの言葉がぐるぐると頭を回っていた。黒板消しだって。白い嘘でも汚いって。
誰も傷つけない嘘でも、ダメだと言った。シゲらしく、まっすぐに。
シゲが知らない、誰も知るはずないことを思い出した。
中学卒業が近づいてきた頃、めんどくさい女子のひそひそ話を避けたくて昼休みに美術室に行っていた。自分の画材はもう置いてなくて、冷え切った冬の教室で、黒板に小さな絵を描いては消したりして過ごした。
楕円で薄く形をとってから、細部を描いていく。動物とか魚とか、記憶を頼りに描く絵は、我ながら下手で笑えた。
シゲにもいつも笑われた、と結局思い出す。
ある日うっかり人影のシルエットを描いていた。並んで手をつないだ男の子、女の子、男の人。夕日に長く伸びる影。あの水族館の写真みたいに。
予鈴がなって、黒板消しをつかんで慌てて消した。教室に戻ったら手が真っ白で、そのまま午後中汚れた手で過ごしたんだった。
中学最後の美術の授業。皆のリクエストで、黒板に卒業に向けての絵とメッセージを書いてくれる春ちゃんの後ろ姿を眺めながら、黒板の隅にまだなんとなくあのシルエットが見える気がした。
どれだけ力いっぱい描いたんだろう、私。忘れちゃえばいいと思ってたのに。