「あなた、いちいち失礼なんだけど」


「そう? 素直なんだよ、俺」


悪態をついた私に、クロはニカッと笑って見せる。


嫌味にもまったく動じていない彼は、不意に優しく微笑みながら私の瞳を真っ直ぐ見つめた。



「俺は、クロって呼んでくれると嬉しいんだけど」


「なんで私があなたを喜ばせなきゃ──」


「それに、名前を呼ぶことだってレッスンのひとつだよ」


淡々とした口調を遮ったクロは、真剣な面持ちをしていた。


「千帆は、まず人との距離を縮めることを覚えるべきだ。やり方は十人十色だけど、呼び方が“あなた”だと距離は縮まりにくいから」


「別に、あなたと仲良くするつもりはないんだけど」


「千帆に好意的な俺との距離を縮めることすらできないのなら、千帆は誰とも仲良くなれないと思うけど?」


「……っ」


反抗的だと自覚しながらも素直に従う気になれずにいたけど、突然冷たい顔を見せた彼の言葉に心と体が強張った。


クロはずっと強引だったけど、この数日間に冷たい表情や声音を向けられたことなんてなかった。


「でも、私は……誰とも関わりたくなくて……」


だから、強がり混じりの言葉を紡ぎながらも強張った心には不安が芽生え、小さな痛みを感じていた。