「千帆」


不意に名前を呼ばれてハッとした私は、視界に映っているのが暗い地面とスニーカーだということに気づいた。


気持ちが沈み始めていたせいで、いつの間にか俯いてしまっていたみたい。


ため息に近い深呼吸を小さくしてから顔を上げれば、クロが優しい笑みを浮かべていた。


それはまるで、“大丈夫だ”と寄り添うように温かく、落ち始めていた心を惹きつける。


「とりあえず……話す練習と一緒に、笑う練習もしないといけないか。あとは、呼び方をどうにかしたいな」


前半は私を見ながら、後半は夜空を仰ぎながら眉を寄せて独り言のように零すと、彼は気を取り直したようににっこりと笑った。


「あなたじゃなくて、クロな」


「え?」


「俺のこと。クロって呼んでよ」


にこにことした笑顔には毒はなかったけど、なんとなくクロの名前を呼ぶということが腑に落ちない。


「……なんで?」


「え?」


そんな気持ちから冷たく訊けば、彼が目を瞬かせた。


その顔は、疑問を投げ掛けられるとは思っていなかったと言わんばかりで、予想外の言葉への答えに困っているようにも見えたけど……。


程なくして、クロはクスクスと笑い、楽しそうに「本当に素直じゃないなぁ」と零した。