突然のことに驚いた私が瞳を閉じるよりも早く、額にそっと触れた温もり。


その正体がクロの唇だと気づくまでに数秒を要して、彼の温もりが離れる瞬間に涙がポロリと零れ落ちた。


それは、額へのキス。


「いつも、千帆が眠る前にしてくれてたから、一度やってみたかったんだ」


どんどん溢れ出す涙を抑えることに必死な私に、クロはどこか照れ臭そうに、それでいてとても幸せそうに破顔した。


こんな時なのに胸の奥がキュンと鳴って、甘い温もりに包まれていく。


だけど、それはほんの一瞬のことで、彼がすぐに切なげな笑みを浮かべた。


「ほら」


私の肩を押すようにして体の向きを変えさせたクロは、意を決したように息をゆっくりと吐いた。


「行け」


「……っ」


まだ、心の準備はできていなくて。


本当は、“ずっと一緒にいたい”と伝えたくて。


胸が張り裂けそうなほどの悲しみを抱く私の足は、まるで地面に張りつくようだったけど、それを口にすれば彼を困らせることはわかっていたから唇を噛みしめる。


そして……。


「振り向くなよ」


そんな私の背中を優しく押したクロは、懇願するように力強い声音でゆっくりと告げたあと、その手をそっと私から離した。