クロはなにも言わなかったけど、私が泣きやむことを望んでいるのはわかっていたから必死に涙をこらえて、微笑しながら顔を上げた。


すると、目が合った彼は、私の頭をポンと撫でたあとで「そうだ」と呟いた。


「……これ」


チリンと音を鳴らしてクロのズボンのポケットから出てきたのは、今日買ったばかりの首輪。


差し出されたそれを見ながら首を横に振り、精一杯の笑みを浮かべて彼を見上げた。


「それは、ツキのために買ったものだから。持っててよ」


「……うん」


眉を寄せて微笑むクロの向こうに立っている時計は、二十時五十八分を指している。


「最後に、ひとつだけやりたいことがあるんだ」


「え?」


「それが終わったら、千帆は俺に背中を向けて歩き出して。……そしたら、絶対に振り向くなよ」


彼がその内容を詳しく話さなかったのは、たぶん時間がなかったから。


まだ心の準備ができていない私にはとても酷な言葉だったけど、真っ直ぐな視線を向けられて頷くしかなかった。


そんな私の反応を見たクロは、どこか安心したような面持ちで微笑した。


一歩踏み出した彼が、私との距離を縮める。


ゼロ距離まで残り僅かという状態の中、ゆっくり、ゆっくりとクロの顔が近づいてきた。