三年後、世界選手権にて。
どうやら、うちの猫が少しばかり爪痕を残したらしい。
レースを終えたばかりのその男は、まだ息の上がる中、満面の笑みでインタビューに答えていた。
「稲地選手、おめでとうございます!」
「ありがとうございます。」
「今回、自己ベストを更新して見事な銅メダル。今のお気持ちはいかがですか?」
「そうですね、久々に手応えのある泳ぎが出来たレースだったので、結果が付いてきて単純にホッとしています。」
「終盤の追い上げは、あの銀メダルを獲得したロンドンでの泳ぎを彷彿とさせましたが。」
「そうですね、序盤に少し離されたのは分かったんですけど。最初から自分のペースで行くだけだと考えていたので、落ち着いていました。」
「ついに、あの強い稲地が帰ってきたという感じですが、復活の一番の要因は何だと思われますか。」
「そうですね、コーチが見捨てずに、また一からやり直そうと言ってくれたことと……あとは、応援して下さる方々と家族の励ましがやはり一番の力になりました。」
「今日は、奥様とお子さんはどこかで応援を?」
「いえ、妻は恥ずかしがり屋なので、多分、家でテレビで見ていると思います。」
「来年はいよいよ、東京オリンピックです。オリンピックに向けて抱負をお願いします。」
「東京では、最高の泳ぎが見せられるように、これからさらに調子を上げて、今度は短い爪でも金メダルに届くようにしたいです。」
男は、ただ真っ直ぐ前を向いて、未来を見つめていた。
その自信に輝く笑顔と完璧なまでに鍛え上げられた肉体は、まるで神様に選ばれた特別な存在のようだ。
それでも。
彼の、輝かしい功績だけではなく、沢山の隠れた苦悩と努力を知ってしまった私は。
悔しいことに、すっかり情が湧いて、この猫ばかりは手放せそうにない。
【こうして、私は猫を拾う END】