月日は多くものを塗り替えていく。
いろんなものを与え、いろんな出会いをもたらし、
たくさんのことを体験させ教えてくれる。
今までとは違った環境の中で心と身体両方の傷を癒し、
もう耐えられないと思っていた事までも緩和していく。
そして、大きく屈折した人の心までも別人のように穏やかにしてくれる。
時間(とき)は、神様が人間に与えてくれた唯一の特効薬。
この頭の深い場所にある中枢神経にじんわりと働きかけ、
私たちにいろんな行動の動機となるものを学習させる。
運動調節、ホルモン調節、快の感情、意欲などを起こさせて、
新らたな世界を見せてくれる。
それはとても神がかり的で、優れものの教師でもあり、
誰しも飛び越えられない一線を越える感情までも与えるんだ。


あれから6ヶ月が経つ。
神様が与えてくれた特効薬は、私はもちろんのこと、
姫や沙都ちゃん、ニキさんトリオにも新世界を教えたもうた。
姫とユウさんは同棲を始める。
ユウさんは相変わらずサバイバル護身術講座90分8000円を定期的に受講し、
姫までもユウさんの影響でルーク・ホロウェイを身につけた。
今ではジェイソン・ステイサム顔負けの軍オタカップルだ。


沙都ちゃんとナイトさんは有給をとって、ただ今スペインへ旅行中。
「婚前旅行にいくんだー!」なんて意気込んで、
彼女は通販でペアのセクシー下着を4セットも購入していた。
ナイトさんがあんなセクシーなメンズТバックインナーを身に着けるとは、
到底思えないし、まったく想像もつかない。
でも……沙都ちゃんLOVEだから、スペインでなら穿いちゃうかも。
これがニキさんなら絶対にない。


私とニキさんの新世界はこうだ。
ニキさんは恋人に昇格して、彼は私を「伊吹」と呼び、
彼の呼び方も「ニキさん」から「向琉(あたる)」に変わった。
それからなんと、ニキさんはお兄さんの翔琉(かける)さんと仲直りをした。
そのことについて彼は何も語らなかったけど、派手な兄弟喧嘩をしたようだ。
言わないのに何故わかったかって?
お兄さんに会いに行った翌日、
ニキさんの額と目の下に大きな絆創膏が貼ってあったから。


驚きなのは冬季也さん。
私たちが刺激を与えてしまったのか、
冬季也さんが希未(のぞみ)さんに連絡を取ったらしい。
元鞘には納まらなかったみたいだけど、
冬季也さんはズキズキと疼いていた“後悔”という傷から解放されたようだ。


洋佑は産休を終えた八重子先生が園に戻ってきたと同時に、
幼稚園から去っていった。
園長は残ってほしいと懇願したらしいけど、
洋佑からしたら当然の選択で、同じ思いは二度もしたくなかったのだろう。
彼は地元であり両親の住む鹿児島に、無言のまま帰っていった。



半年前には想像もできなかった世界が、今ここにある。


♪~♪~♪~♪~♪


伊吹「もしもし、向琉?」
向琉『お疲れ』
伊吹「お疲れ様」
向琉『今どこ?』
伊吹「ん?もうすぐ家に着くところ」
向琉『まだ帰りついてないの。
  今日は残業だった?帰り遅いね』
伊吹「ううん。
  今朝、自転車のタイヤがパンクしてて、
  久しぶりに歩きで出勤だったから今になったの」
向琉『パンク?買ったばかりの自転車だろ』  
伊吹「うん。そうなんだけどさ。
  帰ったらバタバタ支度して、
  お兄さん達との待ち合わせには遅れないようにするから」
向琉『いいよ、ゆっくりで。
  実は、僕ももうすぐ伊吹の家に着いちゃうんだけどな』
伊吹「えっ。だったら慌てて帰らなきゃね」
向琉『というか、もう僕の目には伊吹の後姿が見えてる』
伊吹「えーっ。あっ(笑)本当だ。見えた」
向琉『見つめ合いながら電話する気かい?(笑)切るよ』
伊吹「うん」


振り返ると、笑顔で近寄ってくるニキさんの姿。
もうすっかり落ち着いて、彼氏の貫禄が漂ってる。
そして私は……相変わらず意地悪なんだって。
でも自分ではしっかり者のニキさんの彼女って思ってる。


伊吹「もうそんな時間?」
向琉「いや、まだ時間じゃないけど待ちきれなくて」
伊吹「待ちきれないって?お兄さんと会うのが」
向琉「なんで兄貴なんだよ。
  違うよ。そこは伊吹と会うのが!だろ。
  ここまで言わすのか。
  相変わらず意地悪だな」
伊吹「だって、向琉の口から気持ちを聞くと嬉しいんだもの。
  だからちょっと意地悪して、愛されてるって実感したいの」
向琉「ふっ(微笑)まぁ、分かってて僕も言ってるんだけどね。
  あーあ。
  まだ半年なのに伊吹にコントロールされてるよな、僕」
伊吹「そうそう。
  今まで言わなかったんだけどさ、
  このバッグの中に向琉用のリモコン入ってるのよ」
向琉「僕はロボットかよ(笑)
  あーあ。
  伊吹をコントロールするリモコン、僕も欲しいな」
伊吹「もう。そんなのなくても、
  テレパシーでビビビッて分かるでしょ?」
向琉「そうだな。現に!
  はい。チャコの缶詰。
  もうストックなかっただろ」
伊吹「あーっ!ありがとー!さすが向琉。
  私も食事会の帰りに買おうと思ってたの」


私とニキさんは他愛のない恋人の会話を交わしながら、
互いに小さな幸せを噛みしめる。
私の自宅まであと一歩で到着するという時。
突然ニキさんの歩く足が止まった。
そして彼が私の腕をぎゅっと握りしめたことで、
私の動きまで止める。