ユウさんは姫と再会したのをきっかけに決断できたのか、
以前から腹積もりができていたのか、既に臨戦態勢。
一方姫は、携帯を握っているユウさんの横顔を、
安堵の表情を浮かべ見つめる。
しかし、その表情とは裏腹に心は何かに怯えているようだ。
仕事をすっぽかしたことに対しての不安と、
鴻美さんの存在に怯えているのだろうか。
もしかしたら私とニキさんに会うことに対する、
抵抗感なのかもしれない。


悠大 「すみません。運転手さん」
運転手「はい、何でしょう」
悠大 「いきなり行先変えて申し訳ないけど、
   今から御茶ノ水駅の聖橋口まで行ってもらえますか」
運転手「えっ。また戻るんですか?
   高速走りますよ」
悠大 「いいですよ。
   料金はいくらかかってもいいんで」
運転手「はい、わかりました」
悠大 「ふっ。やっぱりあの二人、一緒に居たか。
   まぁ、手間が省けた」
姫奈 「ち、ちょっと。
   今からナイトさんの家で伊吹とニキさんに会うつもり!?」
悠大 「そっ!」
姫奈 「そんなこと私は望んでない!
   親友ならもう居るし、伊吹とはもう……
   友達辞めたんだから。
   ユウさん、悪いけど最寄駅まで連れてって」
悠大 「いや、付き合ってもらう。
   親友ってさっき一緒に居た女か」
姫奈 「そ、そうよ。
   仕事も斡旋してくれて、良くしてくれてるし」  
悠大 「斡旋ね。姫ちゃんは無知だな。
   世間ってものが何も分かってない」
姫奈 「私が何を分かってないって言うの?」  
悠大 「現実。
   ふん(笑)伊吹ちゃんと友達辞めたって?
   まったく、強がって勝手に自己完結させただけだろ。
   逃げたって辛い気持ちのまんま、
   この先ずっと引きずるんだぞ」
姫奈 「つ、辛いなんて思ってない。
   このくらいのことは……へ、平気よ。
   至らないお節介はやめてよ」
悠大 「俺にまで強がることはないだろ。
   じゃあ何故、仕事や住まいまで変えたんだ。
   平気なら今までやってきた生活を一新する必要はないだろ。
   アダムと伊吹ちゃんに会っても動じないはずだ」
姫奈 「じゃあ、ユウさんは平気なの?
   伊吹とニキさんに会うこと」
悠大 「伊吹ちゃんとは正直会ってみないと、
   自分がどうなるかはわからない。
   まったく動じないって自信もないな。
   でも、アダムには会って話したいことがある。
   そんなことより、まだアダムが好きなのか」
姫奈 「えっ!?……それは、す、好きに決まってるでしょ」
悠大 「どこが」
姫奈 「えっ」
悠大 「あいつのどこが好きなの」
姫奈 「ど、どこがって……」
悠大 「本当は出てこないんじゃない?
   あいつのどこが好きか」
姫奈 「そ、それは」
悠大 「俺は伊吹ちゃんの何処が好きなのかでてこない。
   考えてみると、彼女のことを何も知らないんだよな。
   アダムのことはダチやってて全部知ってるから、
   何であいつがって思うと余計腹立たしい気にもなる」
姫奈 「ユウさんが伊吹を好きになったのは、
   あの子のルックスがユウさんのタイプだったとか、
   第一印象でいいって思ったからじゃないの?」
悠大 「姫ちゃんもそうなのか?」
姫奈 「そ、そうよ。
   外見はもちろん、趣味とか好みとか重なる部分が多し」
悠大 「それってさ、以前君たちが他の女性を批判して言ってた、
   単なる条件ってやつだろ。
   俺が言ってるのは人間性だよ」
姫奈 「そう言われるとそうだけど。
   でも、考えれば私も……ニキさんのこと何も知らない。
   何を好んで何が苦手で、どういう事をすれば喜ぶのかも。
   でも私はあの時、ニキさんを運命の人だって感じたから」
悠大 「運命か。運命ならなぜこうなる?」
姫奈 「……」
悠大 「運命を信じるなら、
   この状態も俺たちに与えられた運命だよな。
   俺はアダムに、姫ちゃんは伊吹ちゃんに、
   互いの相手を奪われて激怒して剥きになってる。
   でももしかしたら俺たちが違ってて、
   運命って言葉だけに囚われてるだけかもしれない。
   “運命の人”っていう理想の台紙にいろんな条件を当て嵌めて。
   まるでジグソーパズルみたいにさ」
姫奈 「ジグソーパズル。
   ユウさん、何が言いたいの?」
悠大 「俺、動物園で伊吹ちゃんに言ったんだ。
   『別に焦ってるわけじゃない。
   でも、ナイトと沙都ちゃんが付き合いだして、
   姫ちゃんがアダムのこと好きだって聞いて、
   これってそうなる運命なのかなって感じるんだ。
   これが自然な形で運命の引き合わせなら、
   僕はそれを信じたい』って」
姫奈 「うん」
悠大 「でも現実は、
   俺が始めに感じた運命とはまったく違う方向に流れてる」
姫奈 「言われてみれば、そうね」
悠大 「だから今からその“運命”ってやつを確かめる」
姫奈 「確かめる……
   それにしても、なんて寂しい街。
   (何故かなんて、とっくに分かってるけど……)」


ユウさんの悟りきった説得力ある言葉に圧倒されて、
姫は少し引き攣った顔で外の景色に目をやった。
いつもならこの煌びやかなネオンの街並みは、
綺麗で居心地良さすら感じるのに、今は何故か物悲しい。
姫は覚悟を決めたように大きなため息をついたのだった。


(東京千代田区、騎士の自宅)


私とニキさんがナイトさんのマンションに到着して30分後、
姫とユウさんがやってくる。
二人はナイトさんに通されて、居間に入ってきた。
ユウさんは相変わらず堂々と胸を張って挨拶を交わすと、
ニキさんと向かい合わせにソファーに座った。


悠大「久しぶりだな」
向琉「ああ」
騎士「今日は二人とも殴り合わずに冷静にな」
向琉「解ってる」
騎士「ユウ。僕はお前に言ってるんだぞ」
悠大「俺も解ってるさ。
  今日は喧嘩しに来たんじゃない」
向琉「じゃあ、何故ここに僕たちを呼んだんだ?」
悠大「アダムにこの間のことで聞きたいことがある」
向琉「聞きたいこと?」
騎士「この間って、ダブルデートの日のことか」
悠大「ああ」


姫は真面に顔も上げられず下を向いたまま、
居間のドアの前に立ったままだった。
そんなモジモジしている姫を優しく迎えるように、
沙都ちゃんと私は姫の傍に行き話しかけた。


沙都莉「姫ちゃん、久しぶりね。
   伊吹と二人心配してたんだから。
   何度も電話したのよ。
   もう親御さんの体調は大丈夫?」
姫奈 「うん……」
伊吹 「姫。ごめんね。
   あなたを傷つけて。
   本当にごめん」
姫奈 「私、傷ついてなんか……いないわ」
沙都莉「ねぇ、姫ちゃん。
   貴女もショックだったかもしれない。
   でもね、あれから伊吹だって悩んでたのよ。
   姫ちゃんと仲直りするまで、
   ニキさんとは友達のままでって言ったの。
   だからあの日から二人はずっと会ってなくて、
   今日久しぶりに会ったんだよ」
姫奈 「えっ。伊吹、それ本当?」
伊吹 「ええ」
姫奈 「じゃあ、もし私とこれっきりだったら、
   ニキさんとどうするつもりだったの」
伊吹 「きっと、それっきりにしちゃってたかも」
姫奈 「えっ!?伊吹はニキさんが好きなんでしょ?」
伊吹 「そうね……好きよ」
姫奈 「私に何も言わずに逃げちゃうくらい」
伊吹 「それは事情があって」
姫奈 「どんな事情があってもよ。
   すごく好きなんでしょ?」
姫奈 「ええ。そうね。すごく好きよ」
姫奈 「二人は両思いなんだから、
   私に遠慮せずに会えばいいじゃない」
伊吹 「だって、私にとっては姫も大切で大好きだから。
   だから、ニキさんにも私と同じようにしてって言ったの」
姫奈 「バカじゃないの!?」
伊吹 「うん(笑)私はバカだから、姫が居ないとだめかも」
姫奈 「えっ」
伊吹 「また前のように仲良くできないと、
   本当にだめかも……」
姫奈 「伊吹……ほんと、バカ……」
沙都莉「ほらっ、もう仲直りしようよ。
   ねっ、姫ちゃん」
姫奈 「うん。私、本当は何度も思ったの。
   二人に電話しようって」
沙都莉「うん。解ってるよ」
伊吹 「うん。私も」


私と沙都ちゃんはやっと姫と会えて話ができ仲直りできたことで、
ずっと押さえていたいろんな感情が溢れだした。
もちろん号泣する姫もそうだったよう。
だけどこの感動の再会に割って入ってきたのは、
険しい様相のニキさんだった。


向琉 「姫ちゃん、話がある。
   ちょっとここに座ってくれる?」
姫奈 「えっ」


私たちはニキさんの声に一斉に振り向き、
涙をぬぐっている姫は、
彼から突然声をかけられてかなり動揺して戸惑っている。
見るとニキさんだけでなく、ユウさん、
ナイトさんまでも険しい顔に見えた。


伊吹 「ニキさん?どうしたの?」
騎士 「みんなこっち来て。
   姫ちゃん、ユウの隣に座って」


ナイトさんから言われて、私はニキさんの隣に腰掛ける。
沙都ちゃんも何だか不安そうにナイトさんの許に、
そして姫はナイトさんの言われる通り、ユウさんの隣にゆっくり座った。
何だか緊迫した空気が流れて、私たちは黙ったままニキさんを見る。
ニキさんは一時何も語らず、姫をじっと見つめていた。
ユウさんと姫が望んでいた“運命”のパズル。
ピースが縁から少し揃い始め、
見えなかった理想の図が少しずつ見え始めた。
しかしその後、きり出されたニキさんのある一言で、
私たちに衝撃が走り大きく揺さぶられるのだった。


(続く)