冬季也さんとニキさんとの再会。
ずっと心の中で蟠っていたことが、
押し寄せては返す波のようにどんどん迫ってきて、
もじもじとじれったい私を前に前にと押し進めていく。
偶然ニキさんと逢えたことで、私は何を期待していた。
あの動物園での頼もしいニキさん、
ナイトさんの家で熱く想いを語ったニキさんの姿を。
彼は私に何を話してくれるのか。


(荒川区、某居酒屋店内)


私たちはニキさんいきつけの居酒屋で食事をした。
彼は何もなかったように接してくれている。
さすがナイトさんたちから鍋奉行と呼ばれるだけはあって、
きれいに皿に取り分けると私に器を渡してくれた。
向かい合っているだけなのに、何故だかとても居心地良くて、
このまま浸っていたい思うくらいやさしい時間。


伊吹「この豆乳鍋、美味しい」
向琉「だろ?はい、熱いから気をつけて」
伊吹「ありがとう。
  何だか……うふふふっ(笑)」
向琉「えっ。ふっ(笑)何を思いだし笑いしてんの」
伊吹「いえ。こうやって向かい合って鍋を突いてると、
  初めて会った時のこと思い出すなーと思って」
向琉「初めて会った時?」
伊吹「ええ。アンコウ鍋」
向琉「ああ」
伊吹「あの時はいろんなこと、食べながら飲みながら話したよね」
向琉「そうだったな」
伊吹「ニキさんは私のこと、あんこうって言ったのよ。
  『生涯くっついて、
  “ヒモ”のように生きるオスを養ってる魚が大好きなんて、
  それを「うまいうまい」と言っている君も、
  きっと男に利用されて苦労する女ってことだ』って言われてさ。
  ほんとに失礼な人だなって思った」
向琉「そ、そんなこと覚えてるなよ」
伊吹「だって、かなり絡まれたし」
向琉「まぁ、そうだけどさ。
  そんなことより、もっと他に思い出すことあるだろ」
伊吹「えっ?他にって?」
向琉「みんなで好きなタイプの話してたろ」
伊吹「あーっ。その話」
向琉「伊吹さんはフィーリングを信じる人って言ったよね。
  それに、条件や肩書はその人についてるパーツだって」
伊吹「ええ、言ったわよ。
  だってそう思うもの。
  私が真面目に話してるのにニキさんったら、
  ガンダムのモビルスーツと同じなんてなんてボソっと言うしね」
向琉「えっ。そんなことまで覚えてんの」
伊吹「覚えてるわよ。ニキさんったらインパクトあり過ぎ。
  あの時からなんだかいろいろ絡みがあるのかなって思えて……
  変な予感っていうのか、直感でピーンと来たっていうか」
向琉「今もその直感を信じてる?」
伊吹「えっ」
向琉「初めて会った時、目を見て、
  “この人だ”って感じる人がいいんだろ?」
伊吹「ええ」
向琉「その感じた感覚を無視すると、
  失敗することが多いって言ってけど、
  それ、僕にも言える?」

じっと私を直視するニキさんの瞳は、
とても澄んでいて何の偽りも感じない。
心のすべてを見透かされているような、妙な照れ臭さもあって、
私は必死でこの場を取り繕い誤魔化そうとした。


伊吹「あぁ、そうそう。
  私に話したいことって何?」
向琉「だから今言ってる。
  僕の目を見て“この人だ”と思えてる?」
伊吹「ニキさん……もう、やだなぁ。
  本当にムードないんだから。
  居酒屋で豆乳鍋食べながら言う話?」
向琉「えっ。そういう問題?」
伊吹「そういう問題。
  そういうシチュエーションって大事でしょ。
  綺麗な景色見ながらとか、
  輝くイルミネーションを見ながらとか、
  素敵なBGMが流れるお店や車内で!とかさ。
  もっとロマンティックな場面で聞きたいわよ」
向琉「そう。じゃあ、今から行こう。
  ロマンティックなとこ」
伊吹「は、はい?(焦)」
向琉「出よう」
伊吹「ちょ、ちょっと、ニキさん!?」


ニキさんは会計伝票を持って立ち上がると、
靴を履いてスタスタとレジまで歩き、会計を済ませてる。
私は慌ててバッグの中の財布を探しながら彼に駆け寄ったけど、
ニキさんは私の手を掴むと、
無言で店を出て駐車場に向かったのだ。




小脇にバッグを挟んで手を上げタクシーを止めるユウさん。
姫の背中を押して、無理矢理車内に押し込んだ。
しっかり姫の腕を掴み、険しい表情を浮かべている。
姫はそんな突然のユウさんの行動に戸惑っていた。


(タクシーの車内)


運転手「お客さん、どこまでいきます?」
悠大 「足立区中央図書館までいって」
運転手「はい」
姫奈 「中央図書館って!まさか!」
悠大 「そう。そのまさか」
姫奈 「至らないお節介はやめてよ!」
悠大 「お節介?それを言うなら“救世主”と言ってほしいね」



ユウさんは半分怒ったような声で応え、
上着のポケットから携帯を出すと電話し始める。
二人を乗せたタクシーは銀座の街を通り、
京橋GCTに入り首都高都心環状線に乗って、
一路北千住方面に向けて走り出した。


プルルルルルルッ……


悠大「あっ。もしもし。俺、悠大」
騎士『ユウ。どうした。いきなり電話してきて』
悠大「今いいか?」
騎士『ああ』
悠大「今、家に居るのか」
騎士『ああ、家に居るよ。沙都莉も一緒だけど』
悠大「後からお前んちに行く。姫ちゃんと一緒に」
騎士『姫ちゃんと一緒?おい、何かあったのか』
悠大「とにかく行くからな。
  ナイトと沙都ちゃんは見届け人な」
騎士『見届け人って。
  ユウ、お前、また何する気だ?
  もっとわかるように説明しろよ』
悠大「いいから、行って話す」
騎士『お、おい!ユウ!』
悠大「じゃあ」


心配するナイトさんのことなどお構いなしに、
ユウさんは彼の自宅へ行くとことだけを伝え電話を切った。
そして居酒屋を出た私たちは、
店の駐車場に停めてあったニキさんの車に行き乗り込んだ。


(居酒屋の駐車場、ニキの車内)


伊吹「ねぇ、ロマンティックなとこって何処に行くの?」
向琉「どこにしようかなぁ。
  スカイツリー。東京タワー。
  んー、レインボーブリッジ。それとも……ラ」
伊吹「あっ!今ラブホって言おうとしたでしょ!」
向琉「えっ!不躾に何言ってんの。
  僕はライトアップしてるところ、
  他にあるかなって言いかけたんだよ。
  えっ。もしかして行きたいの?」
伊吹「ち、違うわよ。
  何言ってんのよ!」
向琉「あはははっ(笑)
  それ、僕のセリフ」


ニキさんが車のキーを回し、エンジンをかけた時だった。
コンソールボックスに置いていた携帯が鳴る。
彼は着信の名前を見て、一瞬躊躇ったけれど、
携帯を取り受話ボタンを押した。


向琉「もしもし。悠大?」
悠大『おお。俺。今いいか』
伊吹「ユウさんから?」
向琉「(頷く)ああ。いいぞ」
悠大『今からお前んちに行くから、出かける支度して待ってろ』
向琉「はぁ!?突然電話してきて、
  いきなり僕んちに来るって言われてもな。
  僕は今出先なんだ」
悠大『出先?伊吹ちゃんと一緒か』
向琉「あ、ああ」 
悠大『それなら尚都合がいい。
  俺も姫ちゃんと一緒だ』
向琉「えっ」
悠大「お前、今何処に居るんだ』
向琉「南千住駅近くの居酒屋だけど」
悠大『そうか。じゃあ、俺たちがそこに行くから待ってろ』
向琉「いい。僕がいく。
  場所を指定しろよ。何処に行けばいい」
悠大『じゃあ、ナイトのマンション。
  あいつにはもう連絡してるから。
  伊吹ちゃんも必ず連れてこいよ。
  いいな、アダム。逃げんなよ』
向琉「ああ。分かった……まったく」
伊吹「ど、どうしたの?ユウさん、何て?」
向琉「今、姫ちゃんと一緒にいるそうだ。
  僕らに会いたいって言ってる」
伊吹「姫も!?ユウさんと一緒に来るって何故」
向琉「分けわかんないけど、
  今からナイトんちに行くことになった。
  申し訳ないがさっきの続き。
  ロマンティックな場所での話はお預けな」
伊吹「うん」



ユウさんの電話で姫がいることを知った私は、
何とも言えない胸騒ぎに掻き立てられる。
それと当時に、悪魔の心がわが身を浸り、
姫にニキさんを奪い返されるのではないかと恐怖も襲ってきた。
私は嫉妬にも似た複雑な感情に刺激されて、
このタイミングを逃したら、
ニキさんからさっきの続きを聞けないかもと思い、
意を決して目を瞑り深呼吸した。


伊吹「ふーっ。あの、ニキさん」
向琉「ん?何」
伊吹「私……私、今でも直感を信じてる」
向琉「えっ」
伊吹「あの時。初めて会った時、ニキさんを見て本当は感じてた。
  “アダム”ってニックネームを聞いてすごく気になって。
  もしかしたらこの人がって、本当は感じてた。
  今だから素直に言える。
  私も初めからニキさんが気になってた」
向琉「伊吹ちゃん……ありがとう。
  すごく嬉しいよ。
  でも!その言葉、
  もっとムードのある時に聞きたかったよ(笑)」
伊吹「もう(笑)それ、もともと私のセリフでしょ?」
向琉「僕が頂いた。……ふっ(笑)しかし。
  “天国と地獄”って正にこのことだな。
  きっと修羅場になると思うから覚悟しといて」
伊吹「えっー!そんな宣言する?」
向琉「大丈夫。僕は伊吹ちゃんの傍にいるから」
伊吹「う、うん」

ニキさんは私の心の奥底にある不安を察したのか、
天使のような穏やかな微笑みと、
口調で私を諭すように言うと車を発進させた。
しかしその顔は徐々に険しい表情に変わり、
決戦に臨む意欲に満ちた凛々しい表情でもあった。
家路を急ぐ車に紛れながら、
ヘッドライトに照らされたアスファルトの道路を直走る。
私の中に潜んでいる天使と悪魔。
車の向かうその先に待ってるのは、
ニキさんとユウさんの再対決の場所。
そして、私と姫の初バトルの場所となるのだと覚悟した。


伊吹「(姫、ごめんなさい。
  あなたのことは親友で大切だけど、
  やっぱりニキさんは渡さない……)」


(続く)