第一章 桜花 ③

 翌日学校に行くと、泉先生が心配そうな表情で私たちに事情を聴いてきたが、私たちが口をそろえて何でもないです、と言うばかりだったので先生も、
「何かあったらまた言ってくださいね」
 と言って何とか丸く収まった。
案の定私の“仲間”たちも先生には上手くごまかしたようだ。彼女らは私を見て冷たい視線を投げかけてきた。いや、もう“仲間”なんかじゃない。かと言って“敵”でもない。昨日蒼衣と打ち解け、蒼衣の心を知ってから、私は誰かを自分と同類か否かで分類することが、何の意味もないことだと思えるようになった。
 私には彼女がいる。
 それだけで満ち足りていて、他人が私をどう見ているかなんてどうでもよくなった。
「蒼衣、一緒にお昼食べよ」
「うん!」
 給食の時間、普通なら班ごとに5人グループを作って一緒に食べるけれども、蒼衣は仲間外れにされるので、いつも一人きりだった。
 でも、今日からは私も蒼衣と二人きり。一人じゃなくて二人。以前の私ならたった二人では寂しいと思っていたのに、今は全然寂しくなかった。
「友達とお昼を食べるのってすごく楽しいんだね」
 今日のメニューは皆が大好きなカレーライス。蒼衣はスプーンでカレーをすくいながら、しみじみとそう言った。
「そうだね、私も蒼衣と一緒で楽しいよ」
「本当?」
「ほんとだって」
「…ありがとう」
 蒼衣が泣きそうな声をしていたので、私は自分が何か悪いことをいったのではないかと不安になったが、それが嬉しさからきたものだと分かってほっと胸を撫で下ろした。
「蒼衣、今日の放課後は何か予定ある?」
「えっと…あ、今日は園芸委員の仕事がある」
「そっかぁ。じゃあまた空いてる日があったら教えて。蒼衣と放課後遊びたいから」
 私がそう言うと、蒼衣の目がぱあっと開き年相応の子供らしさが垣間見えた。
「美桜と遊ぶの、楽しみにしてるね」
 今までは寂しそうに笑っていた蒼衣が、心から楽しそうに微笑んでいるのを見て、私は幸せな気持ちになれた。
 放課後、すっかり日も暮れて教室に西日が差し込み、橙色の光で室内が包まれる時間帯、私の班は日直だったので放課後の掃除をしていた。が、思った通り私以外の班のメンバーは私を置いて先に帰ってしまった。
 どうやら彼女らは本気で私を仲間外れにしたいらしい。
 私は誰もいなくなった教室で一人ごみを集め、ぞうきんがけをし机を運んだ。本来なら、一人で掃除するなんて、大変だし惨めな気持ちになるはずなのに、夕暮れ時の爽やかな風に揺られるカーテンを見ていると、不思議と寂しくなかった。むしろ誰かに嫌われたくないからという理由だけで友達を無視する方がよっぽどきついことのように思われた。
 三〇分かけて掃除を終えた私は一息ついてから荷物を持って校舎を出た。外はすっかり
日も沈みかけていて山際で橙色と濃い青色が溶けて綺麗な層をつくっていた。空を仰ぎながら歩いていた私は、正門のすぐ傍にある花壇が目端に映り足を止めた。それからきちんと花壇に目をやると、そこには私が見慣れた女の子の姿があった。
 彼女は私に気づいていない様子でしゃがみこんで花をじっと見ていたので、私は静かに彼女のもとに近寄って彼女と同じように隣にしゃがんだ。
 隣を見ると、彼女は愛おしそうに花を見つめている。
「蒼衣」
 私が彼女の名前を呼ぶと、彼女は突然現れた私にびっくりして「わっ」と声を上げた。…というか、隣に来るまで私の存在に気づかないほど花に見とれていた蒼衣はすごい。
「美桜、まだ学校にいたのね」
「えへへ、まあね」
「どうかしたの?」
「ううん、ちょっと職員室に行ったら先生に雑用頼まれちゃってさぁ」
 平気で嘘をつく私。
でもそれが蒼衣にとっては面白かったようで、蒼衣がふふっと笑った。
私もつられて笑った。なんだか理由もなくおかしかった。
「ふふっ」
「ははっ」
 笑っていれば、何も辛いことはないって思える。
いつか蒼衣が言っていた言葉が、身に染みて感じられた。今の私にとって、クラスメイトと一緒に蒼衣を無視することより、自分も蒼衣と一緒に省かれるほうが気楽だ。
「蒼衣も、ずいぶん長いこと園芸委員の仕事してたんだね」
「違うよ、本当は仕事なんてずっと前に終わったの」
「じゃあどうしてこんな時間まで」
「花見てた」
「え、ずっと?」
「うん、ずっと」
「何それ、おかしい」
「えー、おかしくないよ!花って見てたら楽しいよ」
「たのしい、か…」
 私は目の前に広がる花壇の端っこに咲く、小さな黄色の花をじっと見つめてみた。確かに、一つ一つの花びらが交互に重なり合ってとても可憐で。蒼衣の言い分も分からなくはないと思った。
「うそ」
「え?」
 唐突に、蒼衣が口を開いたので私は黄色の花から目を反らし、そっと隣を見た。
「本当は待ってた。花見ながら、美桜が来るの」
「蒼衣…ありがとう」
だって私たちは一人ぼっちじゃない。
これからはずっと、二人だ。