ふーっと長い溜め息が漏れ、ドキドキした胸を落ち着けようと素早く深呼吸を数回繰り返した。

詩月くんが「自由曲」を弾き始めて、わたしが「リストの『パガニーニによる超絶技巧練習曲』第3番変イ短調」と言うと、志津子の肩がピクッと跳ねた。

「ラ・カンパネラ……」

志津子はそれまでのほんわかした表情を一変させ、ギスギスした声で呟いた。

「こんな難曲を実技に? リスト以外には弾きこなせないと言われているほどの、難曲中の難曲よ」

志津子は恐いくらい顔を引きつらせ「無謀だわ」と漏らした。

「そんなに難しい曲?」

わたしは呑気に訊ねた。

そもそも、ラ・カンパネッラに嬰だの変だの、いくつも種類があることさえ知らないし、さっき詩月くんから初めて聞いた気がする。