「コ、コンクール荒らし……」

「出番の前は悲壮なほど震えて、今にも倒れそうにしているけれど、ピアノを弾き始めるとカチッとスイッチが入ったみたいになるの。曲が作られた背景の景色まで見えるような圧倒的な演奏で、彼の後に演奏する人は必ず調子を崩すと言われているのよ。彼の後には弾きたくないと泣き出す人もいるそうよ」

どお、スゴいでしょ? という気持ちが伝わってくる。

「夏休みの前にも、優勝候補だった人が彼の後に弾いて、ミスでボロボロになって決勝前に敗退してしまったと聞いたわよ」

「そんなに……あなた、彼のこと詳しいわね。いつから追っかけやっているの?」

志津子に訊ねた直後、頭を思い切り叩かれたような衝撃が走った。

冒頭から高速で、長く激しく下降する短音階の和音と、繰り返される急速なパッセージの爆発的な音色は、緒方さんの比ではなかった。