「彼、周桜Jr.と呼ばれて、お父さんと比較されるのを嫌がるの。去年、課題曲にショパンを出された時は、楽譜を破いたんですって」

「ウソっ……そんなに激しいの? すごく大人しそうなのに」

祖母の弔問に来た時の穏やかな物腰や優しい笑顔を思い出す。

「彼、昨日は最後まで目を合わさなかったでしょ?」

言われてみれば、そうだったかもしれないと思う。

俯いて顔を上げなかったし、「ゴメン」と「大丈夫だから」しか聞いていない。

「ショパンを自由曲に弾こうが弾くまいが自由だろ。父と一括りになどされたくないから。課題曲だけでも鬱陶しいのに」

上履きに履き替え、エントランスホールに続く廊下を歩いていると、頭上に細い掠れ声が降ってきた。

ちらっと横を見ると、淡い茶色の髪をした細身の男子が、わたしたちを追い越していく。

思わず引きつった声が漏れた。