「だって放っておけないでしょ。目の前でふらつかれたら。それに……夏休みは入院していたらしいから」

「そうなの？ 初耳だわ」

しまったと思った。

「家の近くに彼のお母さんのヴァイオリン教室に通っている生徒さんがいてね。母と話していたのよ。周桜くんのこと」

志津子の頷く顔を観て、上手く誤魔化せたなと、一息つく。

教室まで志津子と話しながら歩くが、志津子は彼の話ばかりする。

「周桜くんが受験の実技、自由曲に何を弾くのか話題になっているんだけどね。彼はショパンは弾かないだろうって」

「どうしてショパンを弾かないの？」

「ショパンはお父さんの十八番だから」

訳のわからないことを言う。

確かに祖母の日記にはコンプレックスの原因が父親だと書いてあったが、ショパンとの関係はまだ出てきていない。