騎士と姫が逆転しまして。






話込みながらも更衣室につき、着替えをすませる。




「ねぇ、そういえばさー、知ってる?超絶美少年の話」


「え?何それ」



「やっぱ知らないんだー。もう2年なのにねー」



残念ながら私はあまり人の名前と顔を覚えるのが得意ではない。



「隣のクラスの神崎くん。アンタと真逆ですっごい可愛いの!」



性別が逆転してるってことに関しては同じだけど、と笑いながら話す真希はとてつもなく楽しそう。



性別が逆転、か。



私は密かに真希と自分の身長を比べてため息をついた。











更衣室を出て、プールサイドに出る。



真希に言われて意識したからかはわからないけれど、すごく視線を感じた。




でもこの視線、ポジティブな視線ではなくて、ただ単に「でかっ!」という感想的な視線だと思うよ、真希。




「あ、ほら。あの子!」


私の心中などわかるわけのない真希は上機嫌にある場所を指さした。




そこに視線を向けると、男子用の水着を着てパーカーを羽織った人。


周りの男子より明らかに頭一つぶん低い彼は、下手をすると女子よりも小さいのではと思えた。




………私も人の事は言えまい。




「あの子が神崎くん!ね、美少年でしょ?」



神崎と呼ばれる彼は、確かに遠目でも可愛らしい顔つきをしていた。



なんというか、子猫?みたいな。








「うん、可愛いね」


「だよねー!」



ふと、彼の視線がこちらに向いた。



私たちの視線に気がついて小首を傾げるその姿は、小動物以外の何物でもなかった。




そのとき、クラスごとに集合がかけられて彼の視線は逸らされた。




私と真希も自分たちのクラスが集まる場所に移動した。









今日はプール授業初日の為、説明があり、後の残り時間は自由となった。





みんな泳いだり、どこからかビーチボールを持ってきて遊んでいた。




私は真希とプールサイドに座り、足だけを水に付けて話し込んでいた。




と言っても、私は真希の話を聞くだけで、特に話すことは無いんだけど。







まぁ、真希は誰が腹筋すごいーとか誰はダメだーとか男子の水着姿に感想を言ってるだけだけど。






「いやぁ、やっぱり美少年神崎くんもいいけど、熊谷くんの腹筋がいいわ〜」




「熊谷くん?私あんまりしゃべったことないなぁ」






「ね、そういえばさ、神崎見てないよね」



そう言われて見回してみるけれど、確かに見あたらない。




「ほんとだ……どこ行ったんだろね」



と、呟いた瞬間、視界のすみで不自然な水しぶきが上がった。



プールの端のほう。




あそこって、少し深くなってるんじゃ……








………………まさか。






そう思った瞬間、私はプールに飛び込んでいた。



「えっ、ちょ!美花!?」





もしかしたら、泳ごうとしていて溺れているんじゃ…!?



水の中に潜ると、人影がもがいているのが見えた。




急いで人影の所に行き、もがく身体に腕を回し水面に上げる。




「ゲホッ、ケホケホ!!ぅ……ゲホッ!」


「大丈夫!?」



水中ではそれどころではなくて、気が付かなかったけれど、顔を上げたのは神崎だった。




「…ケホ、ケホッ…すみま、せ……」



「いいよ、無理してしゃべらないで」




すると、人が溺れているのに気がついた真希が先生を呼んでくれていたようで、先生が引き上げてくれた。



「おい!大丈夫か!?」





「はい…、すみませ…ケホっ!ありが、とう…ございます…っ」




「大丈夫、ゆっくり深呼吸して」











神崎が落ち着くのをしばらく待って、念のため、神崎は病院に行くことになった。




私は状況説明の為、先生に呼ばれたけれど、話すことはあまりなくて、早々に解放された。







この日、私も神崎も学校で噂になったのは言うまでもない。





「ねぇねぇ聞いた!?2年の話!」


「聞いた聞いた!あれでしょ!?」






1年の教室を通りかかった時、聞こえてきた女子の高揚した高い声。





「うんうん!プールでイケメンが美少女を助けたんだって!」







ごめん、あのね。






どっちも性別間違ってるよ。


逆、逆。


助けたの女子、………一応。








「えぇー見たかったー!!」



「てかイケメンに助けられたい!」




「身長高くて、めっちゃかっこよかったんだって!先輩が言ってたよ〜」




………うん、褒められてるんだろうけどね。




私女子なんだよなぁ。



まぁ悪い気はしないけどね。









「やーいモテモテやーん」


真希が私の肩に手を当ててニヤニヤとする。




「ありがとう」




苦笑まじりに返すと、真希は持っていたカバンを差し出した。




「はいこれ、美花のカバン」




「ありがと」



受け取ってお礼を言うと、真希は私の腕に自分の手を絡ませた。


「なに?」


「こーしてればアンタを男に間違えても告白してこないでしょー」


と言ってニコッと笑った。


「あは!ありがとー。でもなんでだろ。スカートはいてんのに…」




「スカートすら超越するアンタのイケメン度っていったい……」



本気で悩み出す私の隣で本気で呆れる真希。





なんだかんだ言いながらこの何気ないやり取りが好きだったりする。




私はそんな事を思いながら真希と帰路についた。













「おはよーん美花」


「おはよ」




翌日、まぶたを擦りながら挨拶してきた真希に挨拶を返す。




このあと、真希は自分の机に突っ伏して二度寝に入るのが日常。



私はそんな真希の前の席に座り、何をするわけでもなくボーッとしているのがいつも。





だけど、今日はそうならなかった。



「あの、……北澤さん…いますか?」





少し高めの男の子の声が、真希のあくびと重なる。



「ふぁ……へ?……あ、君!神崎くんだ」



寝ぼけたままの真希は、そう言って目を覚ましたみたいだった。




神崎…という名で、昨日の男子だということに気がつき、何も無かったんだなーと安心した。





「あぁ、北澤さんだったね。北澤……あ、美花のことか。美花ーっ」




うん、まだ微妙に寝ぼけてる。





真希に呼ばれて、神崎と2人で廊下に出る。







「神崎、昨日大丈夫だった?」



廊下に移動してから声をかけた。




「はい……昨日は、本当にありがとう…」



弱々しい声を聞いて少し心配になるけれど、もしかしたら気の弱い人なのかもしれない。



それにしても。





近くで見るとその綺麗な顔に驚く。



わー、まつげながーい。





「……あの?」



「あ、ごめん」


ジロジロ見るのは失礼だったと思って謝る。



けど、神崎は気にしていないようで。





「その……今日、は…話があって……」


「うん?」




うつむいて黙り込む神崎の顔を、どうしたのかと思ってのぞき込む。




と。




「好き、に…なっちゃいました……北澤さんのこと…」




「………え。」




まさかの話でした。







男子に告白されるという初めての、まさかの経験。









私は固まるしかできなかった。






















返事は今度で…と言って去っていった神崎の背中を見つつ、私は今あったことを考えていた。





溺れていた神崎を助けて。



そしたら好きって言われた。




あれ、ていうか神崎って男だよな。



………………男に告白された。






普通男に告白されて驚くのって男が多いよね?





私……は、女、か…一応。




いや、女だよね。




どれだけ男っぽい容姿をしてようと女子に告白されよーと私は女だった。





むしろ今までが異常だったんだよね。








……………いやぁ。





麻痺してるわ。





「ふぁあ〜。…みーかっ!まだそこにいんの?…………なしたの」




呆然としている私を見ていぶかしげに眉をひそめた真希。



その声に反応するみたいに真希の方を振り向くと。






「あんた……今の顔女子に見せたら泣くよ?」




口元をひくひくとさせた真希は呆れながらも私の近くに来た。





「どしたの?」




「………真希」




真希の眠そうな顔をみていたら少し落ち着いた。




「…神崎に告白された」




「へぇ。」




へぇ。って。



いやいや、反応うす。





「…………って、はああああああああああああ!?」






あ、濃かった。




「え、ちょ、まっ……神崎…く…はぁ!?」




うん、そうなるよね。




気持ちわかるわぁ。



「………びー」



「真希?」




その続きを言ったら終わりだよ真希。



ローマ字の二文字を言った瞬間終わりだ。






「………だって美花……神崎より身長普通に高いし」




「うん」



「かっこいいし」




「ありがとう」





「……神崎は美花より可愛いし」



「うわー。わかってるけど傷つくー」



っていうか。






「ってか美花アンタなんでそんな落ち着いてんのよ!?」



あ、真希も思ったんだ。




うん。



「いやなんか…あまりのことに驚き過ぎて逆に落ち着いてる」





人間本気で驚いたらこんなもんだ。











「……そんで神崎はなんだって?」



「え?…なんか、返事は今度って」





女子は返事がわかってるみたいだったし言い逃げだった。




つまり返事しなくてよかったわけで。





「……あ。じゃあ返事しなきゃいけないのか!?」





「当たり前だよね」






うわぁ。



これまた初体験。






「え、私どーしたら……」





「今のあんたの気持ちは」




今の私の気持ちって。




なんか恋する乙女みたいだな。




「気持ちもなにも私神崎と昨日初めてしゃべったんだけど」




「………………………」









え、決まってね?これ。







「じゃあごめんなさいか?」




「今の段階そーなるよね?」





そういうと真希は残念そうな顔をした。





「私的には美男美女で得なんだけどなぁ」



うん、これはきっとどっちが美男でどっちが美人か聞いちゃいけないやつだ。




私のメンタルえぐるやつだ。





「でも好きでもないのに付き合ったって相手に失礼じゃない?」




「そう?やっぱりモテるやつは違うのかね」






モテてるの女の子なんだけど。






「まぁいいや。じゃあ明日にでも返事しておいでー」




「……………やっぱり私から行かなきゃいけないか」






そう言った私の頬をつねった真希は。







「当然」






と、そう言って笑った。


















「その〜………だから、…ごめんなさい」





神崎に告白された翌日、朝。





私は神崎のクラスに行き、神崎に返事をしていた。






じっとこっちを見ている神崎は、昨日のおどおどした雰囲気はなく、ただ真っ直ぐ私だけを見ていた。







「……理由を、聞いてもいいですか?」





ぽつり、呟いた神崎の声は、心なし沈んでいるように感じた。








「えっと……その、私、神崎のことよく知らないし……話したの、一昨日が初めてだし」






「…ぇ……」




私の言葉に驚いたような彼は、一瞬泣きそうな顔をしたけれど、すぐに戻った。






「………そう、ですか……」







「………うん…………」







下を向いてしまった神崎を見ていると、なんだか私がいじめているように思えてくる。






いやぁ………こういうとき、どうしたら…。





なんて言葉を返したらいいのか全くわからない。




ただ、返事するのに朝は間違いだったかと思った。






………沈黙がいたい。




………もう、なんか言った方がいい?







私は意を決して口を開いた。





「あ…」






と、その声が神崎の吐く息と重なった。







驚いて口を閉じると、神崎は二、三度深呼吸した。







そして。







「わかりました」






私を見て、微笑んだ。







とても可愛らしい笑みだったけど。





なんだか少し泣きそうに見えた。






………この顔をさせてるのは、私だ。





「それじゃあ、また」





「うん……」






悲しそうな笑顔を残して、神崎は教室に入っていった。






その背中に、何か言葉をかけたくなったけど………………無理だった。






あの顔をさせてるのは、悲しませたのは私なのに、なんて声をかけるっていうんだ。







……私には、まだわかんないんだよ。





こういうとき、なんて言葉が欲しいのか。








だって私。







…………恋したことなんてないもん。
















その日1日まったく気分が乗らなくて。





気をきかせた真希が違う話を振ってくれるけど。






私が神崎を助けたことはみんなが知ってるから、ことある事に男女とも私にその話を聞く。





………………なんかもー。






なんとも言えない複雑な気持ち。




神崎はもっと苦しいんだろうなぁ……。







きっとすごく勇気のいること。





あまり話したことない人ならなおさら。





………神崎は、どうして私を好きになってくれたんだろう。





…………………今、何してるかな。








「って、私………なにしてんだろ」






神崎のことばっか考えてる。




振ったんだから、気にしすぎたら神崎にも悪い。




なにより私の気持ちに悪い。








ふー、と深呼吸する。










結局、ぼけーっとしたまま1日が終わって。




「もー!暗い!アンタらしくない!」




「え……あ、ごめん」




「くわぁぁあーっ!!もう!ほら、クレープ食べ行こ!!早くーーっ!!!」





と、奇声を上げ騒ぎ出す真希に引っ張られるように教室を出ようとすると。





「わっ!?」


「ぎゃっ!?」




真希が廊下からきた誰かにぶつかった。






「ったぁ〜」


「ま、真希、大丈夫?君も………」





と、真希にぶつかった人を見ると。




「…………あ」
















その人は、神崎だった。




「えーっと、神崎……大丈夫?」





ぶつけた頭をひたすらにさする真希の頭を撫でつつ声をかける。




と。







「…っ北澤さん!!」



「は、はい!?」




驚くほどの大きな声で名前を呼ばれたので、返事の声が裏返った。







じっと、私を見つめる神崎の目にはぶつけた痛みか何か、涙が浮かんでいた。









「やっぱり納得できません!!」






「え、えぇ?」




我ながら情けない声を出すと、神崎は私の肩をがしっとつかんだ。




「北澤さん」



「………はい」





なんだろう。





なんなんだろうこの状況。




カツアゲされる人の状況と少し似てるわ。



相手泣いてるけど。








「…好きです」





「………はい」





知ってます。






と、神崎がふぅと息をはいた。





…あ、え?




…………なに、どういう状況なのこれ。





「……だから、僕のこと何も知らないなら、これから知ってください。僕も北澤さんのこと知りたいです」





だから。




と、そこで言葉をきって下を向くと。






深呼吸してから神崎は顔を上げた。





「…僕、諦めたくないです。返事は、僕を知ってからして欲しいです」






真っ直ぐに告げられた言葉に、顔が赤くなるのがわかる。








……あ、れぇ?






神崎ってこんなにハッキリいう人だったっけ。







あれ?





もうなんか、わかんない。







「えーっと…………あー…じゃあ、とりあえずお友達からってことで……?」





と、視線を神崎から逸らしつつ言うと。






「っ!はい!!」





すごく嬉しそうな声が聞こえて、横目で見ると。





神崎が幸せそうな顔で微笑んでいた。










………………あれ、なんだろう。







心臓、ぎゅってなった。





なんだろ、これ。






…………でも、なんか。

















私は、収まらない胸の痛みに戸惑いながらも、それが嫌だとは思わなくて。







そんな自分にとても困惑した。