鮎沢高校の1年生…………お金持ち…………黒瀬という名字………
このキーワードで、私が連想できるのはたった一人しかいない。
でも!
私のホームステイ先の同級生の子は、優里ちゃんなのだ。
黒瀬なはずはない。
そう、優里ちゃんだ。
だから、きっとたまたま。
偶然だよ。きっと。
もしかして、親戚とかなんじゃないの?
うん、そうだ。
きっと親戚だ。
私はそう自分に言い聞かせて、少々の不安を抱きながら、思い切って黒瀬邸に足を踏み入れた。
長い白レンガの道を辿り、頑丈そうな茶色の扉の前に立つ。
そろそろ辺りは日が落ち始め、暗くなりかけている。
5月といえど、七分袖のサマーニットのみは少し肌寒く、ここでくよくよしていられないことは分かっていた。
せめてあの表札さえなければ、こんなにビビることはなかったのに。
しかも、今日のあの黒瀬と会った電車のエピソードと言い、プレゼント事件と言い、黒瀬とはなんとなく顔が合わせづらかった私は、もしもこの家の主が黒瀬 皐月だったらと思うと、怖くて怖くて仕方がなかった。
おそらく黒瀬じゃないはず。
そう思いながらも、私の頭の中で嫌な予感はぐるぐると回っていて。
どうしても、玄関ベルを鳴らそうとする手が震える。
それに、大荷物を引き連れているからかなりキツい。
ダメだ、藍野 春歌。
そんなにビビってちゃ、いつまで経っても中には入れないぞ。
ここは仕方ないのだ。
おそらく黒瀬じゃないと思うから、もっと自身を持って!
ここはきっと、黒瀬 優里ちゃんの家。
黒瀬 皐月の家じゃない。
よし、行け!
『ピーンポーン』
“ガチャッ”
「…………黒瀬。」
「…………………藍野。」
残念。
私、藍野 春歌は、とことんツイてない女です…………。