CLUSH HONEY~V系彼氏と、蜜より甘く~

心配はつのったけれど、彼の方から何も言ってこない以上、どうすることもできなくて、

返事もないままに、その日は過ぎてしまい、

やがて次の日も終わろうとする、夜も遅くになってから、



『会いたいんだ』



と、ようやく連絡が入った。


はやる思いはあったけれど、あんまり深くはつっ込まない方がいいようにも感じて、

『どこで?』

と、返す。


すると、『こないだの店で』と、今度はすぐに返信があった。

時間の都合だけを聞いて、彼と待ち合わせの約束をした。

約束の時間に着くと、お店は既に閉まっていて、キリトがその前に佇んでいた。


「キリト…」


声をかけると、ふっと上げられた顔は、瞳がにわかに潤んでいるようにも感じられて、

今にも泣き出しそうにも、一瞬見えた。


「どうしたの…?」


近寄ると、


「悪い…ちょっとこっちに来てほしい…」

と、先に立って歩き出した。
真夜中近くの、人気のない公園に彼は重たげな足取りで入っていって、

街灯の点るベンチの下に、肩を落とすようにして座った。


そのただならない様子に、彼の横に寄り添うように腰を下ろして、

「何か…あったの?」と、聞く。


キリトからは、いつもの近寄りがたいような雰囲気は微塵も感じられず、

ただ寂しげで、哀しそうにも見える感じがまとわりついていた。


「…悪い。急に呼び出したりして…」


顔も上げないままで、キリトが言う。


「……あんたしか、思いつかなかったから…」


「うん…」と、うなづく。キリトが、そんな風に自分を思い出してくれたことが、少なからず嬉しかった。


間をあけて、彼の口から、

「俺、もうバンドを……」

と、声が絞り出された。


「バンドが…どうしたの…?」

そう促すと、


「うん…」と、小さく彼はうなづいて、



「……俺…もう、バンドをやめたいんだ…」


と、告げた。


彼の急な告白に、戸惑いを隠せなかった。


「……やめたいって、だけど、どうして……?」


Kirは、今が一番売れている時のはずだった。


「嫌なんだ…もう。バンドとしてやっていくのが……」


言って、キリトが顔を両手で覆った。


いつもの強気さが少しも見られない彼は、雨に濡れる子犬みたいにあまりにもか弱い存在にも感じられて、

思わず手を伸ばして、肩をそっと抱いた。


「ごめん…つまらないことを言って…。

あんたに、こんなことを言っても、仕方がないのに…」


「ううん、そんなことない」と、首を振る。

「力になるから…できる限り」抱きしめた肩に、ギュッと力を込めて、

「だから、大丈夫だから…」と、励ますように口にした。


「……このままで、少しだけ、そばにいてくれないか…」


「いいよ…」肩を抱いたままで、もう一方の手を、膝に乗せられた彼の手に重ねた。


沈黙の中、彼の手にぐっと力が入り、拳に握られたかと思うと、

重ねた掌の上に、ぽたりと涙が落ちた。


「キリト……」

呼びかけると、

「ごめん…」

と、か細い声で答えて、


「……どうしたら、いいのか…わからないんだ……」


肩が微かに震えてもいる彼を、たまらずに胸の中へ抱き寄せた。

「キリト…私に、何ができる…?」


震えるその背中を、何度も撫でさすった。


私に身体を預けて、しばらく無言でいた後、彼は顔を上げると、


「ごめん…」と、もう一度くり返して、


「……いい、もう。……今日は、迷惑かけて、悪かった……」


と、言い、それ以上の追求をやんわりと拒んだ。


「キリト……いいの? 本当に…」


彼は首を縦に一度だけ振って、私からスッと身体を離した。


「私でよければ、頼ってくれていいから……」

「ああ…」とだけ、彼が口にする。


「帰る……夜遅くに、呼び出したりして、ごめん…」


ベンチを立つ彼に、つられるように立ち上がる。


「キリト、本当に頼ってよね…」


呼びかけると、歩き去る後ろ姿が、一瞬小さくうなづいたようにも見えたーー。
ーーキリトの本当の真意もわからないまま、

一方でバンドとしての知名度も安定してきたKirは、

出した新曲がランキングのトップに躍り出て、もはやメディアで見かけないことは少なくなった。


彼らの新曲のタイトルはーー「蒼の葬列」

しっとりとしたバラード調の曲で、キリトの切なげに歌う声と相まって、

他には類を見ない美しさと儚さとが、聴く人を魅了した。


バンドの最大のヒットとも言うべき曲の売り込みをさらにかけるため、

企画の依頼が事務所から舞い込んで、私は打ち合わせに出向いた。


ーー音楽事務所に行くと、そこにいたのは、キリトを除いた3人のメンバーだけだった。

「ヴォーカルの彼は……?」と、顔ぶれを見回すと、

「ああ、キリトは今日は単独で撮影が入っていまして、すいません」

と、マネージャーが頭を下げた。


「あいつ…最近、1人での取材とか多くないか…」


と、シュウがボソリと口にした。


「そんなに、1人での取材が……?」

気になって訊ねると、


「ああ…なんか、ね…」

と、シュウが答えて、


「まぁ、その話はとりあえず、いいや…」と、話題をかわした。



「では、企画のテーマの方なのですが……」

作ってきた企画書を示して、

「今回は、バンドのヒストリーということで、ページを組みたいのですが」

と、話した。


「どうして、ヒストリーに?」

と、聞いてくるマネージャーに、

「ヒストリー仕立てにして、最終的にヒット曲の紹介をする形にまとめたいので……」

言うと、

「…つまり、今度の曲の宣伝ってことね…」

と、シュウが呟いた。


ーーその後、細かい打ち合わせをして、事務所を離れると、突然にSNSに連絡が入った。