「なんなのよ…まったく…」と、ため息をつく。
困ったように立ちすくんでいるカメラマンに、
「……写真は、撮れました?」
と、確かめる。
「ああ、はい…一応は。でも、インタビューの方は、大丈夫なんですか?」
「うん……」と、言い淀む。
「大丈夫です…編集長に事情を話して、なんとかするんで。心配しないでください」
外注のカメラマンには迷惑をかけたくなくて、そう伝えた。
「わかりました。では、また後ほど…」
「はい。今日は、お疲れ様でした」
カメラマンが先に帰るのを見届けて、スタジオの方に目をやると、さっきの男性がヘッドフォンをつけて、まさに歌い出そうとしていた。
(本当に、あれしかインタビューに答える気がないとか……)
私は、もう一度ため息を吐いて、仕方なくスタジオを離れたーー。
編集部に戻り、編集長に報告をする。
「ーーというわけで、インタビューを全くさせてもらえませんでした。すいません…」
頭を下げると、編集長の高岡(たかおか)から、
「いいって。気にすんな」
と、言われた。
「こっちだって、事務所から記事を頼まれてるのに、そんな対応とか…新人らしからぬ態度だな…」
「印象良くなかったですね…あんまり…」
男の終始不機嫌そうだった姿を思い出す。
「まぁいい、記事を書くのに足りないところは、事務所から資料を取り寄せろ。あとは、事務所付けでアンケートでも送っておけ」
「わかりました…」
自分の席に落ち着くと、三度目のため息が出た。
「はぁー…」あんな扱いにくい人って、見たことないから……
Kirのキリトか……もう二度と会いたくないかも……。
私はそう思って、あまりに機嫌の悪かったその男のことを記憶から消そうと、頭の隅に追いやった。
その日、いつもより少しだけ早めに仕事が終わった私は、
家でゆっくりとお風呂に入った後、深夜の音楽番組を見ていた。
仕事の情報源にもなるので、音楽番組のチェックは欠かしたことはなかった。
ーーと、『では、今日の新バンドの紹介は、キールのみなさんです!』
テレビから聞こえた音声に、ふと目が吸い寄せられる。
Kirって、あの時の……と、記憶が蘇る。
思わず、どんな風にあの不機嫌そうな男は歌うんだろうと、好奇心が湧いた。
ーー画面に映るバンドは、全員がゴシック系の衣装に身を包み、赤い髪やプラチナシルバーや金髪の比較的派手なメンバーの中で、
ヴォーカルの彼だけは、黒一色のコスチュームに黒い髪のトップをソフトに立たせた、ややおとなしめなスタイルで、他とは一線を画しているようにも見えた。
画面の中の男を、興味本位で見つめた。
こないだの取材では、サングラスの奥に隠されていて見ることのできなかった、その男の瞳は、
濡れたように黒く、妖艶な輝きを宿していて、見る人を魅了する力を感じた。
「その目なら、充分な被写体になるのに……」
顔には、ゴシック系のキャラを立たせる、濃いめのメイクが施されていたけれど、
メイクを取っても美形だろうことは、容易に想像がついた。
「もうちょっとインタビューにも答えてくれたら、いい記事が書けたかもしれないのに……」
取材では手間をかけさせられたけれど、なんだか改めてもったいないような気がした。
あの時には、もう会いたくないとも思ったのに、チャンスがあったらまた取材をしてみたい……
その彼には、画面を通してもそう思わせるだけの魅力が、ひしひしと感じられるようだった。
番組では、イントロが過ぎ、ヴォーカルが歌い出す声が流れ出した。
声は、伸びがある上にどことなく色気すら感じさせるようで、甘く妖しい響きがあった。
「……いいかも」単純に、そう思った。
彼には、初対面で嫌な思いをさせられたけれど、バンドとしての実力は高いと感じられた。
事務所が推すのもわかるかも……
私は、”Kir“というそのバンドに自然と惹きつけられて、じっと見入ったーー。
ーーあの深夜番組以来、いろいろなメディアで、Kirを見かけるようになった。
見た目のインパクトと、ヴォーカルのあの男を含めた美形揃いのそのバンドは、動画などで取り上げられることも増えて、
人気にどうやら火がついてきたらしく、徐々に彼らはメジャーなバンドにもなりつつあった。
「尾崎! おまえ、あのバンドにもう一度リベンジしてみるか?」
そんな折り、高岡編集長からそう話を振られて、
「はい! もちろんです!」
と、私は二つ返事で引き受けた。
二度目の取材は、撮影スタジオを貸し切ってのもので、バンドメンバー全員が揃い、
前回とは明らかに違う大勢の人数が集まっていて、彼らが短期間でいかに有名になったかがわかった。
私にも編集長自らが同行し、売れ筋をひた走り始めた彼らとなんとかつながりを持って、今後へのつなぎを取り付けていこうともしていた。
写真撮影の合間に、取材をする。
「…今日は、よろしくお願いします」
「よろしく~」三者が三様に応える中、
ヴォーカルの彼だけがちょっと遅れて、
「ああ…」
とだけ、声を発した。
その対応に、(売れても、相変わらずなんだ…)と、思わずにはいられなかった……。
彼らは撮影もあって、衣装を身に着け、キャラ仕様のメイクもそれぞれしていた。
「初めに、メンバーのご紹介からお願いできますか?」
「じゃあ、俺から!」
と、手を軽く挙げたのは、針のようにツンツン尖った赤く短い髪に、ダークレッドのロングコートを纏った男性だった。
「俺は、ギターのシュウ。こいつは…」
シュウが他のメンバーを紹介しようとすると、
「待って。自分でするから」
と、プラチナシルバーのストレートロングのウィッグに、フワリと裾の広がる白いドレス姿に女装した男性が、声をあげた。
「私は、ベースのエンジュ。性別は、中性ってことで」
言って、綺麗にネイルの施された指で、優美に髪を耳にかけた。