まだ、胸の爆音が止まらない。
彼は帰ったはずなのに。まだ気配が残ってる。
“俺のものになって”
甘い呪文は私の心臓を壊して。
柔らかさを捨てた瞳は、私の体を射すくめた。
それなのに。
「今すぐ、じゃなくていいから。ちゃんと、俺を選んで。」
まさに、アメとムチ。選ぶ・・・って、何?
一つだけある心当たりは、心当たりになれるほどのものでもなく。
要さんは、誤解をしてる。
本当に何もないのに。
航大と私は、永遠に何もないのに。
だけど、答えを決められない私は。狡く黙った。
「あとさ。要さん、って呼ぶのやめてくれないかな?俺の名前、知ってる?」
『あ、陽斗。』
「そう。俺のことも、名前で呼んでくれないかな?」
『え?』
着々と、この部屋を去る身支度を整えるなか。
外していた腕時計を、手首を振ってはめながら私を見下ろす。
「嫉妬でおかしくなりそうだ。」
思い出すだけで、枕に突っ伏す。
間違いない。
もう、あの野郎のことを言ってるとしか考えられないでしょう。
泣きそう。なんでこんなことに・・・
一晩で、変わった彼と。変わってしまった、私。
彼のはにかんだ笑顔に、ただ胸を鳴かせていた自分が懐かしい。
私が思っていたよりもずっと。
彼は甘くて危険だった。
甘いと思ったら、辛い。辛いと思ったら、さらにまた甘い。
ただ分かるのは。
私に触れるその手は、いつも抜かりなく丁寧なこと。
電話の鳴る音で、目を開けた。部屋はすっかり明るくなっていて、タイマーにしていたラジオからは、ご機嫌なハワイアンミュージック。
ベッドサイドの、備え付けの電話を取る。
『・・・もしもし。』
「理沙子さん?!よかったー、生きてた!」
今から行きます!とだけ告げて、瀬名ちゃんの声は切れた。
時計を見ると、AM7:00。
要さんが帰ってからも悶々としてた私は。
帰り際に彼が飲ませた薬にあっさり負けて、気持ちよく熟睡してた模様。
まだダルいけど、頭痛はなくなった、かも・・・
ベルの音に起き上がり、広すぎる部屋を抜け扉を開ければ。
「携帯出ないから、心配したー!」と涙目の瀬名ちゃんに、抱きしめられた。
瀬名ちゃんは、持ってきてくれたサンドイッチやフルーツやらを冷蔵庫にしまいながら。
「今日は、私もオフなので一日一緒にいます!
欲しいものがあったら、何なりと言ってくださいね。」
やる気に満ちた目で、振り返った。
『え、なんで、カイルアビーチは?』
一日オフの今日は、カイルアビーチにみんなで行くって楽しみにしてたはず。
直生さんも一緒なんですって、笑ってたはず。
「私以外の皆さんで行ってもらうことにしました。私もさすがに疲れたし、部屋でゆっくりするのもいいかなぁ~って。」
そんなわけ、ない。私のために嘘ついてる。
『瀬名ちゃん、行ってきて。じゃないと、私が後悔する。』
私の強い口調に。揺れる、瞳。
『あー、瀬名ちゃんにあの時我慢させちゃったーって、一生引きずる。
まじだよ。だから絶対行ってきて。』
「理沙子さん・・・」
『あと、ごめん。誘ってくれてた夜のバーベキューなんだけど。
本当に申し訳ないんだけど、私遠慮したくて。明日帰国だから、ちゃんと治しておかなきゃ。』
「じゃあ、夜は一緒にここで食べませんか?!
私もバーベキューキャンセルするので、ここで軽く何か作って、ゆっくりして。
そうしてもらえるなら、ありがたくビーチ、行かせてもらいます。」
本当に、優しい子だな。
惚れちゃう。
『・・・ありがと。楽しみにしてるね。』