彼女が、“返した方がいいですか、けど本当は欲しいです”と分かりやすいジェスチャーで。

困り顔で、握り締めた卵を、出したり引っ込めたりするから。



『いいって、あげる。笑』


もう一度伝えると、嬉しそうに頬が染まった。
覗く、小さな八重歯。
唇、いちごミルクを溢したみたい。





何度も頭を下げながら、廊下を駆けて会場に戻る彼女に。

私も急がなきゃ、と踵を返した。


















誰もいない静かなトイレで、鏡に映る、 ぼんやり気の抜けた顔に。
濃いリップをひいて、気合を入れ直す。

はみ出した口角を、薬指で拭って。
瞼を下ろして、深呼吸する。


遠くから聞こえてくる歓声が。
私の意識を、もう待たずして迎えにくる。


左胸の、鼓動が。
誰に跳ねるのか、どちらに高鳴るのか分からない。

確かめられるのかな、私。
指先に当たった感触も、あの夜感じた痛みも。
どちらのものだったのか、ちゃんと感じられるのかな。












だけど、もう。

逃げるわけには、いかない。















閉じられた、幾つもの厚いドアから。
漏れる熱気を感じながら。

背筋を伸ばして、長い廊下に一人歩を進めれば。

音楽の振動でぐらつく床を、跳ねるヒールの音はやけに響く。









一歩一歩、確実に近づいてくるのは。

探し続けた、私自身。









重たい、革張りのドアに手の平を触れて。
伝わる振動に、息を止めた。







このドアを開けて、確かめる。





私は私を、迎えに行く。














あの日、彼の肌に震えた。





本当の、私を。