ほんの数秒の事のように感じてたその動作は、ちゃんと数分を経過していて。
玄関を白く照らしていた明かりは、設定された時間を超えて。
小さな音を立てて、消える。
暗くなったそこでも、一向に私を離さない。
身体を、ぴたりと隙間なく抱かれてるせいで。
背中越しに、航大の鼓動が身体中に響く。
肩に感じる、顎の感触と。
背中が知る、厚く逞しい胸。
「明後日、来るんだろ?」
薄暗さの中、囁くような静かな声が。
耳穴を、掠める。
『・・・聞いたの?』
陽斗くんに、と言いかけて。
彼の名前を出すのはやめた。
「うん、かなり前に聞いてた。
好きな子に、チケット渡したって。」
雨の中、お店にチケットを届けに来た。
あの日会えなかった、彼の背中。
「巡り巡って、もうお前だろ。
まさか、あの時はこんなことになると思ってなかったけど。」
“こんなこと”。
私も思って、なかったよ。
『私も。まさか、俺様七瀬様が。笑』
「ちげぇよ。」
大きく目の前に回る腕の中で、茶化すように笑うと。
「俺はもう。
そんなのよりずっと前から、お前が好きだったよ。」
こんな体勢で、まだ隙間があったんだ、と思うほど。
私はギュウッと、胸が締まった。
「あれは、もう見なくていいから。」
『あれ?』
「俺が見せるから。明後日は、俺を見に来い。」
クラッチの横、床の上でDVDの頭を覗かせる紙袋が目に入った。
「渡したいものがあるんだ。」
掠れた声に。
予感が、生まれる。
深く絡んでいた、腕が離れて。
意思とは反対に、私の身体は航大を振り返る。
リビングから漏れる光が。
整った顔を、ぼんやりと浮き上がらせる。
ジャケットの内ポケットから。
現れた、小さなパスケース。
もう、見えなくても分かる。
きっと、あれには青に白字で。
“planet”って書いてある。
「ライブが終わったら。
これで、俺のとこに来い。」
脳を震わすほど、暴れ出す心臓を押さえる。
サングラスの奥の瞳と、目が合う。
そんなに、優しい瞳で見ないで。
こんなに、ずるい私を。
当たり前に、好きだなんて許さないで。
『いらない。』
絞り出した声は、震えていた。
だけど、私はもう二度と。
『私。
もうそれ、持ってる。』
正直じゃないことは、したくない。