当たり前に、倫くんの後についてタクシーに乗り込もうとしたら。


航「何やってんの、お前はこっち。」

手首を引かれて、体がつんのめった。


『ちょっ、痛い!』

倫「じゃあ、航。理沙子をよろしくな。」


私の背後を見上げてふんわり笑う倫くんと。


航「はい、お疲れ様でした。」

真上から降ってくる、航大の声。

 

倫「理沙、また連絡するから。一週間、ゆっくり休めよ。」

『え、なに、待って、あれ?!』


私の承諾を、待たずに。
タクシーのドアは、気持ちのいい音を立てて閉まり。

倫くんともども、まだまだ煌びやかな六本木の夜に消えて行った。

 


『なんで?!
ていうかあんた、今日何しに来たの?!』


倫くんと一緒に帰るつもりだったのに…!
怒り交じりに、振り向けば。



「お前を迎えに来たんだろ。」
 

顔色一つ変えずに、掴んでいた手首を離して。
公道なのに、深く手の平を絡めてきた。

私の返事を待たずに、お見送りのボーイくんたちに一瞥して、さっさと歩き出す。




『ねぇ、ここはマズイよ。』
 

航大の大きな手に引かれながら。
チラチラとすれ違う人たちの視線に、私のほうが焦る。

若い、サラリーマンのような集団が。
驚いた顔で、私たちを振り返る。



『私もう、巻き添いくらって撮られたくないんだけど。』
 

何度か、各界の著名な方々と“載って”しまったことがある。
この仕事の、ある意味宿命。
目のところだけ、マスキングされて。
あの、羞恥心と言ったら・・・。汗






「今更撮られねぇよ、ここでは。」


早歩きの成果か、すぐに辿り着いた駐車場。
ヘッドライトで反応する、航大の車に。

隠れるように、乗り込んだ。




『撮られるって!すごい見られてたよ?!
あんた全身から芸能人オーラ出してるから!』


助手席から喚く私を尻目に、涼しい顔でサングラスを外して。
シートベルトを掛けて、バックミラーを合わせる。

 

「お前はアホか。」

『は?!』


右腕を、ハンドルに預けて。
半身で振り返って、左手が頬に触れた。


 

「見られてたのは俺じゃねぇよ、お前だよ。」

 

唇に届く、親指の感触に。
頬に必要以上の熱が宿る。



「腹が立ったから、見せつけた。」

 

そんな格好でうろちょろしてんじゃねぇよ、と。
続く悪態も、もう耳に入って来ない。

いつものように流れる、ノリのいい音楽も。
すれ違うパトカーの鳴らす、サイレンも。



愚かな私の耳には、もう届かない。