VIPルームは、事務所と同じ階。
そう遠くはない距離を、ヒールの音が響く。
ていうか、航大は。
一体何しに来たんだろう?
『お待たせー・・・』
重たい扉を開ければ。
長い足を、持て余すように。
緩く組んだ、航大が一人。
「お疲れ。」
『・・・倫くんは?』
「下、行った。店の人と話してる。」
『じゃあ私たちも行こうよ。』
「タクシー着いたら、呼んでくれるって。」
そっか、と。隣に腰を下ろした。
私の放り出した肩を気にしたのか、ジャケットを脱ぐ素振りを見せたから。
そっと、腕に触れたら。
軽く頷いて、そのまま私がさっきまで飲んでいたジンジャーエールに手を伸ばした。
いちいち言葉がなくても、すっかり通じる。
“いる?”
“いらない”
いつもと、一緒なのに。
さっきから感じる、妙な落ち着かなさは何だろう。
『ねぇ、髪切った?』
「いつから比べて?」
『パーマかけた?』
「それはしてねぇな。」
じゃあ、なんだろ。
この雰囲気の違いは。
頭を捻りながら。
まだ下がってなかった、チョコに手を伸ばした。
口に含むと。
温度に負けて、すぐに解けていくほろ苦さ。
この時間のタクシー。
なかなか、捕まらないだろうなぁ・・・
ふと、視界の隅に入った眼差し。
すぐ隣を振り向けば。
膝の上で頬杖をついて、私を柔らかく見上げる。
『・・・なに?あ、チョコいる?』
少し口元を緩めたまま。
首を横に振る。
『なんか飲む?』
またしても、首は横に。
ただ、私を捕らえる視線が。
あまりにも、甘い。
じゃあ、何?
なんでそんなに見るの?
もう一度、口を開こうとしたら。
「綺麗だな、と思って。」
戸惑いを見透かしたように、呟いた。
思ってもいなかった、一言に。
『なっ・・・、』
思わず、言葉を失う。
「それ見るの?」
航大の視線が移るのは。
葵ちゃんから握らされた、紙袋の中身。
『ああ、うん・・・。
葵ちゃんから、さっき借りた。』
ていうか、航大は。
私が明後日行くって知ってるのかな?
「ふぅん。」
悪戯に、 細くなる瞳。
骨っぽい指が、耳たぶに触れてきて。
『っ・・・』
「ピアス、外れそうだから。」
思わず、身を捩りそうになったけど。
揺れるダイヤを弄る手つきに、大人しく身を任せた。
甘い眼差しだけは、避けるように。
そっと、瞳を閉じて。