チェックが来るのが遅い。
航大が来たから?
気を遣って、持って来るの遅らせてる?


二人の会話は恐らく仕事のことで。
知らない名前が飛び交う中、私は足を揺らして、出されたチョコを食べたり時計を見たりしていた。





「理沙、お前着替えてくる?」


倫くんの言葉に、あぁ確かに、と思い当たる。


『そだね。じゃあ先に着替えてくる。
一緒に帰ろうね、待っててよ。』


倫くんが頷くのを確認して、立ち上がろうと逆側を振り返ると。

また、物言わぬ航大と視線が絡んだ。









甘く、熱く。
捕らえるような。




いや、捕らえられる、ような。







外れない視線に、無性に慌てて。
私は避けるように、ドレスの裾を持ち上げて歩を急いだ。





すれ違えば、触れられそうな予感がして。
一瞬身構えたけど、さすが倫くんの手前。

両膝の上、おとなしく組まれた手の平が動くことはなかった。










なに、この。
妙な、落ち着かなさは。




















『お疲れ様でーす・・・』


当たり前に、もぬけの殻。

誰も彼も帰ってしまって、抜け殻になった事務所でドレスを脱ぎ落とす。
ストッキングも・・・もういいや、脱いじゃおう。


ハンガーから落ちてる、アヤちゃんのティファニーブルーのドレス。
一緒に拾って、掛け直した。


ロッカーを開けて、首を回す。

今日は同伴だったから、格好が硬いな。この時間から、またこれ着るのキツい。

ため息をつきながら、YOKOCHANのブラックドレスに頭を通す。
煙草臭い髪は、ふんわり纏めてアップにした。



滲んだマスカラを綿棒で拭って。
リップだけ、上書きする。

CHANELのnoirは胸元へ。
浴びた後で、さっきの視線が脳裏に戻る。

私の香りだったのに。
気に食わない、連想ゲーム。






身支度が整えば。
いつものように、室内を見渡す。

荒れた場所はないか、誰かの忘れ物はないか。




少なくとも、一週間は。
私はもう、ここには来ない。





マノロのグレーベージュのスエードパンプス。
ヒールの高さに、疲れた身体をグッと覚悟させてから爪先を入れた。






『お先に失礼します。』



誰もいない、そこに。
いつもどおりの言葉を置いてドアを押した。