タクシーのドアが閉まると。
直生さんは、お店を出る前、私が告げた住所を運転手さんに伝えてくれた。
久しぶりだな。
こういう、男の人に優先してもらえる感じも。
走り出した車内で。
気づかれないように、そっとため息をつく。
楽しかったな、本当に・・・。
夢みたいな時間だった。
直生さんは、黙って窓の外を見てる。
こんな近くで振り返られたら困るから、そっと目を逸らした。
鳴り出した携帯の音は、直生さんのものだった。
画面を確認して、「ちょっとごめん。」と私なんかに断る彼に。
どうぞどうぞ、と手で合図する。
「・・・もしもし?どした?
・・・うん、大丈夫だよ。」
いやでも耳が拾ってしまう会話に。
見慣れた窓の外に、目を凝らす。
「・・・そっか、それは怖かったね。」
何となく。
ああ、女の人だ、と。ぼんやり思う。
「・・・今日チョコは?
・・・うん、そうだと思う。」
行きと違って。
ひどく、落ち着いてる心。
楽しかった分、ある意味しっかりと見えてしまった現実。
私には、この人の向かいなんて似合わない。
大好きな、背中を。
遠くから歩いて行ければ、それでいい。
一生埋まらない、この距離が。
私には、似合ってる。
「・・・分かった、俺からも言っとくよ。
・・・うん、おやすみ。」
すぐに、大きなドラッグストアが見える。
そこを曲がれば、もう私のマンションが見える。
「ごめん、先輩の・・・妹さんから、電話で。」
“先輩の妹”
「瀬名さん、来週の金曜空いてる?
うまい焼き鳥屋があるんだけど、一緒にどうかな?」
どうして私なんかに。
そんな優しい嘘をつくんだろう。
顔を上げたら。
暗い車内で、柔らかく私を覗く顔。
心が、剥がれる。
「・・・さい。」
「え?」
「期待、させないでください。」
満杯になっていた、痛みが。
好きすぎて辛かった、心が。
ぼろぼろと、剥がれる。
「私、デート、なんて言ってもらえて嬉しかったです。
昨日の夜は、なかなか眠れませんでした。
今日のことは、ずっと忘れません。」
見えた、私に相応しい。
小さくて、安全なマンション。
泣きそう。
早く、タクシー止まって。
直生さんの、次の言葉の前に。
「ここでいいですか?」
運転手さんの言葉と、頷く私でタクシーは止まった。
生憎、開いたのは直生さん側のドアで。
私を降ろすために、直生さんが先に降りて外に立った。