ほうじ茶の温かな香りは、喉を滑り落ちながら。
凝り固まった身体を、深く解いてくれた。




「美味しい?」

「はい。何もかも、すっごく美味しいです!」


返事の代わりに、満足そうに微笑んだ直生さんは。
鼻の頭に、くしゃりとシワを寄せた。

そんな仕草にも、私の心臓はいちいち激しく反応する。



こんっなに、楽しいなんて。
夢にも思ってなかった。
















会社を出たら、すぐタクシーに乗せられて。
夕方の中目黒を走る車内で、「隣でタクシーに乗っている」というシチュエーションだけで、私は足が震えた。
直生さんの座る右側を、全力で見ないようにした。




細い裏道を抜ける車窓を横目に。
握りしめた拳から、そろそろ血の気が無くなる頃。





「着いたよ。」



直生さんに着いて、降り立った場所は。
入り組んだ裏道の突き当たりに位置する、上品な小料理屋さんだった。

中目黒の裏道に突如現れる下町の匂いと、ぼうっと大きく浮かぶ月。

暖簾の奥から漏れるオレンジ色の灯が、何だか不思議で。
直人さんと二人、ジオラマの世界に来たみたい。





「いらっしゃい。」

出迎えてくれた“女将さん”と、カウンターの中の“大将”。

直生さんに次いで私が暖簾をくぐると。
明らかに目を丸くして、フリーズした。




なんで、こんな子と?
いつももっと、綺麗な子を連れてるじゃない?


そう思われてるんだろうなぁ。
舐めるように見る、とはこういうこと?
直生さんに申し訳ない。

どうしよう、恥ずかしくて死にそう・・・





「遅くなりました。」


そんなアウェイな雰囲気も、どこ吹く風で。

二人に軽く頭を下げて。
さっさと、小さなお店のさらに奥のお座敷に入って行く直生さん。

小走りに追いかけたけど、早くも泣きそうな気持ちが溢れてきて体が痛い。




「瀬名さん、ビールでいい?
違うのにする?ここ、焼酎とかいろいろあるんだよ。」


「いえ、一杯目はビールで。
お願いします。」




注文を取りに来た、若い女の子も。
直生さんの声に頷きながらも、視線は完全に私を見てる。



来るんじゃなかったかも・・・。

視線を避けるように、バッグから取り出したハンカチを膝の上に広げたけど。
その鮮やかな色が、昨日の浮かれた自分を思い出させて。


私はますます、体を小さくした。