“なんか片付けてるの?俺迎え行こっか。”
迎え?!やめて!!!汗
「大丈夫ですから!
どっか、ロビーとか練習室とか、快適なところでお待ちください!」
慌てて、床にしゃがんで。
携帯を首に挟んで、両手で書類を搔き集める。
ふと、誰かの気配が空間内に降った気がして。
携帯を耳に当てたまま、顔を上げたら。
「ごめん、そう言いながら実は来てた。笑」
携帯に押し付けた、左耳と。
無防備に空けていた、右耳と。
両方から一度に、同じ声が入ってきた。
見慣れた、オフィスのカードリーダーのすぐ側で。
大好きな、三日月が咲いてる。
柔らかそうな、革のブーツで近づいてきて。
私の目の前で、腰を落とす。
「手伝うよ。いつもありがとう。」
恐る恐る、見上げた至近距離の顔は。
柔らかそうな前髪の奥で、下を向いてる。
嗅ぎ慣れた、甘い香水の香りも。
ニットの袖から覗く、大きな腕時計を載せた骨っぽい手首も。
今、この時だけは。
こんな角度、世界中で私だけが見てる。
気づけば、好きになってもう5年。
何度、この距離で顔を見ても。
ちっとも免疫のつかない、心と身体。
不器用で、下手くそで。
綺麗じゃなくて、情けない自分に。
声を上げて、泣きたくなる日もあるけど。
それでも、こんな自分だから、この人のそばにいれるなら。
私はこれから何回だって、今の自分を選ぶと思う。
「お腹空いてる?」
「はいっ。」
スッと、目の前に差し出された左手。
「俺もすげぇ空いてる!
それ貸して、早く行こう。」
太陽みたいに、笑って。
拾い集めた書類を、受け取ってくれる。
出会った日と変わらない、優しさで。
この人が好き。
私の心臓を、止めないでいてくれる人。
フロアを出て行く直生さんの背中を、久しぶりのヒールで追いかけた。
足元から小さく響く音が、自分じゃないみたいに浮き足立つ。
先を行く、栗毛色。
振り返らないで欲しいのに、振り返ってほしい。
強く、唇を噛んで。
息を止めた。