別に、香水を借りたでも理沙さんの服を着て来たでもない。
それでも、見抜かれる香りと気配。
どんな距離で、理沙さんの香りを知ってきたっていうんだろう。
なんて色濃い。
二人の関係。
「と、泊まったよ。悪い?
あ、羨ましいんでしょ。」
脳内に立ち上がった美しき邪念。
赤面を隠すように、大げさな動作で鞄を下ろすと。
やっと下ろしていた腰を持ち上げて、脇へ退いた。
「羨ましいよ、警戒せずに家入れてもらえるんだろ。」
「…それは、警戒される実績を作った自分のせいでしょーが。
てか、理沙さんに何してきたのよ。」
実績!と上を向いて笑い出した姿を見て。
なんか、少し雰囲気が変わったなと気づく。
上手い言葉が見当たらないけど。
少し、軽くなった、っていうか。
とてもいい意味で。
「用事ないなら、帰ってもらっていいかな?
やらなきゃいけないこと、たくさんあるんで。」
「だよね、休日出勤するくらいだから。
悪いんだけど、その中に一個俺のお願い入れてよ。」
瞬時に変わった、柔らかい口調に思わず。
「…なに?」
目元のほくろまでも、ずるい。
溢れるほどの色気と無邪気さを操って。
簡単に、人の心を惹いてしまう。
彼だって、存在自体が才能。
「スタッフパス、一個作って。」
念のため、聞くけど。
「…いつの?」
「来週の日曜。〇〇スタジアムのやつね。」
もう、理沙さん持ってるよ。
要くんが渡してるよ。
一瞬、そう返事しようかと過るけど。
この人は、どうせ顔色も要求も何一つ変えないだろうから。
「…今日は無理だけど。承認が取れない。」
「分かってるよ、明日取りに来るから。」
クライマックスの舞台の立会人になってしまうことを。
ひっそりと、覚悟した。