ホットワインの湯気は消えたけど。

ある程度の、確かな手触りとともに。



「え?!なんでですか?彼女いますよ、聞いたもん!」

『いつ?』

「えっと…入社して、企画部入った歓迎会のとき…」

『だから、それっていつ?』




揺れる炎の影を映した瞳で。
指先を折る。


「…5年前、だ。」


『ふるっ。w
直生さんって、けっこう冷たい人だと思うんだよね。』

「え?!どういう意味ですか?!」

『いい意味でね。
興味のないものや人には、余計な手は出さないんだろうなっていう、そういう類の冷たさがある気がする。
潔さ、というのかな。』


「難しい…」


『簡単に言うと、彼女いるのに女の子誘ったり…
もっと言うと、はなから興味のない女の子を誘ったり、しないと思うんだよね。

対象増えても、面倒くさいじゃん?
直生さんだったら、そんなこと敢えてしない気がする。』



「た、対象?」


たったこれだけのことで、揺れる光の影の中でも、瀬名ちゃんの頬が紅がかったのが分かって。



もう遠く感じる、ハワイでのMV撮影のあの日。
私のメイクルームに来てた直生さんが、鏡ごしに瀬名ちゃんを見てたことも。

そんな直生さんを見てたら、私の視線に気づいて。
三日月の瞳で、シッと唇に小さく指を立てて出て行ったことも。



言わないことにした。






「対象とか、ありえん…」

『明日楽しいといいね♡
あと、直生さんってサラッと手早そうじゃない?ああいうタイプは、決めたら早いんだよね。
嫌なことは、断りなさいよ♡』


「テ、ハヤソウ…
イヤナコト…」


虚ろな瞳で呟いて、柔らかい枕に顔面から撃沈した瀬名ちゃんは。
そのまま、動かなくなった。


本当に失神したんじゃないかと一瞬不安になったけど。
耳を寄せたら、鼻の詰まった寝息が聞こえてきて。


吹き出しそうになった唇を抑えて、半身を起こす。
瀬名ちゃんを寝かしつけてくれた、柔らかいラベンダーの炎を吹き消した。

















月明かりだけになった部屋で、チカチカと光る携帯。
手を伸ばして、見慣れた名前から届いたメール通知の上をなぞれば。





“おやすみ”


ほんの、2分前に届いていたその言葉。

今日初めての会話が、もう寝る前の挨拶。



寝る前に、私を思い出したと。
わざわざ知らせるのは、やめてほしい。



私はこの男のこういう態度に。


ほんとに、弱い。