髪を撫でて、掠れた声で名前を呼ばれるたび。
私の脳みそは熱く溶けて、ひたすらに唇を開いた。
逃げてる、もう気づいていたけど。
次の動作を求めない陽斗くんの厚い胸は、安心だけを蓄えた都合のいい行き止まりで。
行き止まりだと分かっている分、私はひたすらに意識から逃げて
彼の唇に縋った。
何かを手に入れるために、何かを捨てるなら。
私には選びあげる強さなんてないから、何もかもを捨てたい。
気づいたら、私はまた、声を出して泣いていて。
陽斗くんは、もう濡れた唇を首に埋めて。
部屋が薄明るくなるまで、私を強く抱きしめた。
机に置いていた、陽斗くんの携帯が鳴って。
何度かの相槌で、短く切れる。
一瞬にして彼が纏う、外の冷えた空気に。
『私はもう大丈夫だよ、外まで送る。』
厚い胸を、ぎゅっと押し返す。
キュッと寄せた眉は。
彼が、何か言いたくて躊躇うときの癖。
『ほんとに大丈夫。・・・遅刻するよ。仕事がんばってよ。』
彼のジャケットを、椅子から拾って差し出すと。
「ありがとう。」
困ったような顔で、やっと笑った。
レオンを抱いて、地下の駐車場まで見送る。
陽斗くんが纏う、帰って行く人特有の外の気配に気づいているのか。
腕の中で、とても大人しかった。
「来週の日曜、覚えてる?」
エレベーターを降りて、歩きながら話すから。
『来週の日曜?』
つい、流れで陽斗くんの車までついていく形になった。
「初めて、店で会った次の日。俺が届けたチケット、あのライブもう来週なんだよ。」
『・・・覚えてるよ!』
「いいよ、もう。笑
来てくれるならどっちでも。チケットは、ちゃんと持ってる?」
『それはさすがに。』
だって、チケットなら葵ちゃんが持ってる。