翔さんが誰かに。
“呑まれている”のを、初めて見た。
しかも。
私の、目の前で。
この衝撃的な事実に。
今度は私が、呑まれそう。
上がりそうになる息を。
必死で、抑えつけようと唇に触れたら。
あの声が、耳に浮かんだ。
“そんな世界”
“何度だって変えてやる”
『陽斗くん。』
狭い空間で首を回して、思い切って右上を見上げる。
予想以上の鋭い視線が降ってきて、怯みそうになるけど。
『この人はね、元カレなの。』
「元カレ・・・?」
一瞬、緩みそうになる鋭さと私を抱く力を。
取り戻すように、続ける。
『すっぱりきっぱり別れてて、もうただの人なの。
さっきは間違えて、声かけちゃっただけ。』
「理沙!」
やっと正気を取り戻した翔さんが、慌てて声をあげる。
『夜道でそんな大声出さないで。陽斗くん、行こ。』
翔「頼む、本当に今日しか時間がないんだよ。
少しでいい、困らせるような話はしないから、」
『もう、既に困ってるよ。』
きっと、少し震えていたけど。
真っ直ぐに翔さんを見て、そう告げた。
陽斗くんの腕を、揺すって。
もう、行こう?と覗き込むと。
静かな瞳で、翔さんを見ていた。
なぜか、その瞳に悲しみが滲んでいる気がして。
私は思わず、手を止める。
陽「俺が出直そうか。」
降ってきたのは、これまた予期せぬ言葉だった。
『え、なんで?陽斗くんが出直す必要なんてない。』
さっきまでの獰猛さは?
さっきまでの、力強さは?
今度は私が、焦りだす。
『帰るのはあっちのほうだよ。さっき、レオンに会ってくれるって約束したじゃん。』
困ったように、私を見下ろす瞳に。
子供じみた自分の姿を、見つける。
だけど、今はどうしても。
この人を、帰したくない。
翔「要さん、ご迷惑だとは思いますが。」
黙っていた翔さんが、相手を私から陽斗くんに変えた。
翔「一緒に、いてやってもらえませんか。
理沙がそれで僕の話を聞くというなら、僕はそれでかまいません。話も、10分で済みます。」