疲れてるなら今日じゃなくていいよ、と彼は言ってくれたけど。
このまま別れてしまったら、ますます眠れなくなりそうだったから。
『一旦、あそこをもう一回右に回ってもらって。』
すっかり、私を降ろして開放するつもりで。
マンションのエントランス前まで来ていた車を、もう一度地下駐車場の入り口まで回してもらう。
「レオン、起きてるの?」
『寝てる。けど、起きるから大丈夫。』
レオンが、いつも寂しさいっぱいで私を待っているのは本当。
私が帰ると、血相を変えて走ってくる姿がたまらない。
きっと、航大の元カノだというその人が。
できるだけ側にいて、たくさん可愛がって、愛情を注いでいた証拠だと思う。
ふと、窓の外に目がいって。
わきに寄せられていた、一台の車を通り過ぎる瞬間。
『・・・止めてっ、』
「え?」
思考を待たずに
思わず、声が出た。
角を曲がる直前、で。
バックミラーを気にしながら、陽斗くんは静かに車を停めてくれた。
まだ動かずに止まったままの黒いゲレンデを振り返って。
反射的に、車を飛び降りる。
見間違い、だったらいいのに。
車を降りたものの、足が震えて踏み出せない。
私はもう。
逃げたくないのに。
黒いゲレンデのドアが開いて。
発光体のような、彼が降りてくる。
『翔さん。』
右手をポケットに入れて。
左手で、大きな紙袋を持って。
夢を、見てるみたいだ。
何度も夢に見た、彼が私を迎えに来るときのスタイル。
何一つ、変わっていない景色が
ゆっくりと、近づいてくる。
「理沙子。」
私を呼ぶ声は、相変わらず夜の空気を大きく震わせる。
「仕事帰りか?」
纏う気配の濃さに、目眩がする。
香るわけないのに、蘇るあの香水の香りが私を襲う。
「_________話がしたい。今日、少し時間をもらえないか。」
眉毛を下げた微笑み方と、目尻の大きな笑い皺。
今さらそんな瞳で
狭い世界に
私を閉じ込めようとしないでよ。