どう答えて、どう返事をした、のか。


よく記憶に残らないままに、私は切れた受話器をカウンターに置いた。






まだ、目を覚ませない頭の中で。
はっきりと覚えてる2分前の思想。



私は、もう今日は陽斗くん以外の誰も来なければいいと思った。

客席フロアから上がってきた店長が、私を見て何か言ってるのを疎ましく感じた。


この仕事を始めて、から。
そんな情けないこと、思ったことなかったのに。







彼が笑うときに吸った息の音が耳に残ってる。

まだはっきり処理できていない意識を抱えて、客席に下りる階段に向かおうとすると。








葵「理沙、リップ直してきな。」


葵ちゃんに、呼び止められる。


『いい、大丈夫。』


早く、しないと。

彼が来るまでに、あがれない。





葵「鏡見て来いって言ってんのよ。」


掴まれた肩に、バランスを崩す。


葵「あと四時間あるのよ。耐えな、情けない。」




ふと、視線を落としたカウンターの時計が指すのは21:00。




“情けない”




『・・・ごめん。』



急いで、クラッチを掴んで行き先を化粧室に変えた。


















蛇口から噴き出る、冷たい水の音に。



“背負ってるリスクと覚悟を考えなさい”

リフレインする葵ちゃんの言葉が、胸を締め付ける。




少し前みたいに、甘いざわつきだけではなくて。
はっきりと、痛みを伴うこの感触。






私は。

陽斗くんの犯すリスクと覚悟が、怖い。






それなのに、身体は。

震えるほど、熱くなる。










鏡に写る、見るからに心ここにあらずな女の顔。
こんな緩んだ顔で、客席になんて戻れない。





情けない、自分で。

彼に会うことなんて、できない。