#航大side



バックミラーを覗くと。

バインダーにペンを走らせる陽斗の姿が目に入った。





声をかけようか、後にしようか。

ダンサーの撮影が先行して行われてる野外ロケで、俺と陽斗はロケバスの中順番待ち。



チョコが最後に降りて急に静かになった車内で。一瞬で寝れそう、なんて思ったけど。

久しぶりに二人になったことに気づき、目が冴えてしまった。





手の平の下のほうで、ぐっと頬づえをつくように顎を支えて。

笑みを一切含まない、鋭い目線で紙に視線を落とす。


こういう時の陽斗は。

死ぬほど、集中している証拠。






別に、“共有”しておく必要はないんだけど。


明日、陽斗はオフ。予定は知らねぇけど。

もしか、したら。






陽「なに?」


気づいてない、と思ってたのに。


陽「すげぇ、顔怖いんだけど。笑」


軽く伸びをしながら、顔を上げて笑った。









「過呼吸って知ってる?」


何でもないことのように声をかけながら。
握りしめてた缶コーヒーを、後ろに差し出した。



陽「過呼吸って・・・あれ?袋を口のとこでスーハーするやつ?」

「あれは、よくないんだよ。
焦って吸おう吸おうとするから、とにかくゆっくり吐かせて吸わせるようにすんの。袋はいらないから。」






聞いてみて、よかったと思った。

間違えれば、あれで。
命を落とすことにもなりかねないから。






陽「理沙、なんかあった?」



すぐに返ってきた一言に。鋭く細くなった瞳に。

自分と同じだけの熱量を確かめる。




「大丈夫だよ、お前がしっかりしてれば。」


そう思って、伝えるのだから。



厳しい表情で寄った眉が、緩むことはないけど。
ほんの少しだけ、柔らかくなった視線が。
缶コーヒーに落ちた。



陽「分かった。明日、もしかしたら会うかもしれない。
俺も時間空くか分かんないし、まだ向こうにも何も言ってないけど。」


「そっか。どうだろうな、木曜だから。店、けっこう混んでるからな。」




陽斗の遠慮がちな口ぶりが、なぜか胸を締めて。
何てことないように即答して、俺は前に向き直る。









陽「一瞬でもいい。」




缶を開ける音に重なって、静かに聞こえた一言は。

独り言にしては、いやにはっきりと響いて。




俺はもう、バックミラーの中の熱っぽい表情を確かめるのが怖くて。

ぬるくなったコーヒーに、黙って口をつけた。