年の功の偉大さ。
葵ちゃんは、姉貴でもあり口うるさい母親でもあり。

お店に入ったばかりの頃。
姿勢が悪いだの、足ぐせを直せだの、しょっちゅう絡んできた。

今思えば、それだけ私を注意深く見てくれていた。






「新鮮さ、も本物なんだろうね。そういうのは、女の本能だから。
あんた、陽斗くんの話になると瞳が違うもん。うっかり、女の目になってるよ。」




慌てて、両手で目を押さえて隠す。
指先は、ドライドライフルーツの糖分でざらっとした。



「まぁ、しっかり考えなよ。人生の決断になるだろうから、一生分迷いに迷いなさい。」

『人生の決断って、そんな大袈裟な。笑』

「あんた、なめてんの?」


細いタバコはまだ先が長いのに。
迷わず、ガラスの灰皿に押し付けられて曲がった。




「陽斗くん、相当な芸能人だよ?
その相当な芸能人が、何度あんたを店まで迎えに来たのよ。
背負ってるリスクと覚悟を、考えなさい。」





きゅうっ、と。
喉がしまって、苦しくなった。


自分でも、もう無視できないくらい。
私の身体は、陽斗くんの存在感に漏れなく反応するようになってる。


彼の声を、思うと。

全神経が鼓膜に集中して、取り囲む音の中を掻き分けて彼の声を探す。

そして私は。

彼の笑顔を、思うと。

いつもなぜか、涙が出そうになって慌てる。


彼の口癖も、仕草も、横顔も。
彼に会うたび、傷あとみたいに、身体に刻まれていく。





だけど、それって。

気づかないだけで、航大のものも既に持っているのかもしれなくて。

航大の傷あとは、もう深く身体に埋まっていってて。
簡単に目に見えないから、気づかないだけなのかもしれなくて。



航大が触れると身体が疼くのは。

身体の奥の傷あとが、鳴いてるからなのかもしれない。



鳴いてるのは。

傷あとなのか、心臓、なのか。






私はあの男の、不器用さを。

受け入れようと思ったのか
受け入れたいと、思ったのか。


航大の身体の重さが降ってきて、ひどく安心した。
鼓動の音に、やっと重なれた気がした。














考えれば考えるほど、迷い込む迷路。

だけど、もうすぐ。

その出口は近いことを、自分でも感じてる。