予想どおり、葵ちゃんは。


「うそぉっ?!」「いやぁっ!」


散々乙女な反応を見せた後とたんに抜け殻になって。細い煙草に火をつけた。



『ねぇ、怒った?』

「察して。」


“ナニもしてない”事を証明するためには、とばすわけにはいかなかった陽斗くんとのこと。


曖昧に飛ばそうとすると、「はしょらないで!!」と激昂する。
極端に食いついてくる、彼の唇事情。


「どんなだった?!上手かった?!」

『たぶん・・・分かんないけど。』

「だから、“どんな”風だったのよ!?」

『えー・・・。汗
うーん・・・隙間が、ない感じ?』



隙間のない、彼のキス。

窒息しなかったのは吹き込まれた甘い息のせいだと思う、とは。
もう言わなかった。


葵ちゃんの不機嫌は予想の範囲内で。
私は黙ってバーテンさんにお代わりを合図する。



「で、どうするわけ?」

『わかんなくて、困ってる。
ただ、自分が最低だということは、分かってる。』

「分かってたの?」

『分かってるよ。
航大の安心に甘えて、陽斗くんの新鮮さを楽しんで、私は最低です。』

「楽しいんだ、陽斗くんといると。」


葵ちゃんは、斜め後ろを向いて。
細く、煙を吐き出す。


『楽しいよ、すごく。
私、こんなだったんだなぁって。恥ずかしくもなるけど。』

「七瀬くんとは、楽しくないの?」

『航大とは・・・一緒にいると、私世界で一番ラク。何もかも許されてる気分になる。』

「そんな気分になれたこと、あたしは一度もないよ。」




静かな、声に。
顔を上げる。



「あんた、翔さんいなくなったときに。
翔さんの存在を、心臓の片割れって表現したよね。」



目の前に、新しいグラスホッパーが音もなく降りてきた。



「まさに、その通りだと思ったわ。
翔さんの存在は、何にも代えられなかった。実際、あんた大変だったしね。」



葵ちゃんの家でも、一度だけ。
私は呼吸を失った。


「だけどさ、結局生きてるじゃない。
実際心臓の半分を失くすと、弊害が起きまくって大変なのよ。まぁ、多少の弊害は、あったよね。
けどその後弊害なく、来れたのはさ。」



唇が、熱い。

柔らかく、とろりとした緑色に、慌てて手を伸ばす。







「もう、新しい片割れを見つけてるからなんじゃないの。」








葵ちゃんの、言葉と。
ミントの香りが喉を同時に駆けて行く。

甘い痛みが、鼻先をくすぐった。