長い廊下を歩きながら見上げた月には
薄く、靄がかかっていた。
重厚な日本家屋の造りと、心地よい静けさ。
初めて来た場所なのに。まるで古くから知る家のように、足裏に馴染む木の感触。
微かに舞うお香の香りが、料亭であることを忘れさせる。
いい店、なんだろうな。
いかにも、理沙が気持ちを表しそうな。
「お連れ様、こちらでお待ちです。」
辿り着いたのは、だいぶ奥まった個室。
案内の仲居の女性に頭を下げて、半分ガラスになった引き戸を開けようとして。
手を、止めた。
“絵になる2人”
きっと、こういう景色。
当たり前に、航さんの大きなシャツを肩に引っ掛けた理沙は。
細い腕をシャツのかげから覗かせて。何てことない顔をして、メニューを覗き込んでいた。
航さんはその隣で、眠たそうな顔をして頬杖をついているけど。
その視線は、理沙を見ていた。
寸分の狂いもなく、流れるその空気感が。
2人が美男美女だとか、示し合わせたように
同じ雰囲気の服を着てる、とか。
そんなありふれた原理を超えて、有無を言わせず納得させる。
どうせ今夜も
同じ香りを放つんだ。
何かのCMで見た、女優みたいに。
理沙が綺麗な角度で顔をあげた。
唇の動きで、名前を呼ばれたことに気づく。
頬杖をついたまま、視線をあげた航さんが。
優しく瞳を細くした。
それはきっと。
俺の姿に、ではなくて。
理沙の、高い声色に反応して。
『お疲れさま~!迷わず来れた?』
チ「うん、タクシーで来たから。あれ、まだ何も頼んでないの?」
航「チョコが来るまで、絶対待つってうるせぇから。」
チ「まじか、ごめん。もっと早く出ればよかったね。」
航「いや、逆にもうちょっと遅くても。」
軽蔑の眼差しで。
航さんを睨む理沙の横顔は、少し紅がかる。
『チョコ、こっち来ない?』
航「チョコ、こっち来ないで。そこで待て。」
チ「どうでもいいけど、いちゃいちゃしないでよ。腹減ったよ、好きなの頼んでいい?」
“絵になる2人”の、背景に。
慣れた手つきで、溶け込むよ。