「お前、鎌倉の家はどうなった?」

「断られたよー!まだまだ東京を離れる気はないって。
すんごい、素敵だったのよ?勿体なかったよ。」


終の住処にする、と。
鎌倉の古い一軒家を購入しようと張り切っていた。
理沙を5年ぶりの“同棲”に誘うと、意気込んでいたのがつい先月のこと。



「勿体なかった?諦めたのか?」

「うん。何回か通ってみて、“ああ、今の部屋の夜景にはやっぱり敵わないなぁ”って♡」

「なんだ、それ。そんなことは初めから分かってただろ。笑」

「そうそう、私マンションか高台しかダメみたいね。笑」



桜貝のような爪を乗せた指で。
唇を軽く隠しながら、笑う。



「眺めのいいところじゃないと、生きていけないじゃない。」



驚くほど、重なる仕草で。

驚くほど、同じ台詞を使う。





母娘は

ある種の、細胞分裂なのかもしれないと彼女を見ていると心得る。










理沙が、分裂元のもう片方を探さずに来れたのは、彼女の愛情が全てにおいて足りたから。

懸念するよりもずっと。
その愛情は免疫力になっていて、理沙は強いのかもしれない。












「もう一杯、同じものでいい?」


頷く前に、立ち上がってカウンターに消えて行く。

あの細い背中を見て育った理沙は、同じ細さの背中でも強くなれることを知っている。






だけど、彼女のように。

まだ、うまく一人で生きられるふりをする必要なんてどこにもない。





翔であっても、誰であっても。

息ができる場所に

帰してやりたい。