くるくると俺のあとを付いて回る彼女は、猫みたいだと思った。
『もう、はっきり聞いちゃうけど。』
髭を剃る準備をしながら振り返ると。
脱衣所の壁に背中をくっつけて、ちょこんと体操座りをしていた。
いつもそうやって。
君らしく、俺の後ろにいてくれたらいいのに。
『いやじゃないの?
あっちでは、あっち。こっちでは、こっち。私だったら、こんな女絶対いやだよ。』
航のことか。
本当は、この話も。
今日できればいいと思ってた。
唇を噛んで俺を見上げる瞳は、小さな子供のようで。
「俺と航は全然違うと思うからさ。
よく見て、選んで、決めてくれればいいと思ってるよ。」
『ふーん・・・。』
このまま抱きしめてしまいたいけど。
さすがに時間がなくて、鏡に戻り出掛ける準備を再開する。
「正直言うと。
今はまだ、決めてもらえなくていいと思ってる。航の状況が・・・まだ整ってないからね。
今、理沙が俺を選んでも。俺は一生、理沙が俺を選んでくれたのは、航の・・・状況のせいかもって後ろめたさ引きずると思う。」
“航の状況”
彼女にはきっと、伝わるはず。
昨日、車に乗せた頃には、いつも通り纏っていた航と同じ香水の香りは。
時間とともに、徐々に消えていって。
今では、彼女の柔らかい髪の香りだけが揺らいだ。
航から少し、俺に近づいたような錯覚に。
それだけで、十分だと思った。
『陽斗くんは優しいねー。』
「優しくないよ。」
『だって。』
鏡越しに目が合った彼女は、少し悪戯に微笑んでいた。
何となく嬉しそうにも見えるその表情は、小悪魔的で。
さっきまで、おとなしくこの腕の中にいたのにな。
「俺のこと、試してるだろ。笑」
『うん、ちょっと試そうかなと思ってた。笑』
どうしたら、そんなに。
花が咲くみたいに、笑えるんだろう。
「止めたほうがいいよ。責任取れないなら。」
『責任?』
「今試されたら、驚きの速さで負けるよ。責任取れるの?」
返事がなくて、鏡の中の彼女を見上げると。
目を丸くした赤い顔で俺を見てた。
「あっは。笑」
『・・・どS。』
こんなに可愛い人は見たことがない。
あれからたくさんの君を知るけれど。
俺はやっぱり、そればかり思うよ。