次の日、誘拐された理沙さんが何事もなかったかのように出勤したのは。
『次はねーぞ。』と、クビ覚悟で出勤していたボーイにいつも通り笑ったのは。
間違いなく、誘拐犯のおかげ。
『ね?航、かっこいーでしょ?』
「つーか、亜矢は本当に理沙さんって人が好きだな。結局いつも、最後は理沙さんの話になってんじゃん。」
だって、あんなにかっこいい女。
あたしは他に知らないんだもん。
「俺も理沙さんって人、見てみたいわ。」
『は?嵐、見てんじゃん。
初めて倫さんとお店に来た時、あたしと一緒に席にいたよ。』
まじで?と目を丸くした彼に呆れる。
時計を見る。
ていうか私。そろそろ、帰ろうかな。
「亜矢のことしか覚えてないわ。
理沙さんって人、そのときいたんだ?」
彼の声を背中に聞きながら。
確信犯なら最強だ、とため息が出た。
私を覚えてて、理沙さんを覚えてないなんてあり得ない。
普通、逆っしょ。
『ねぇ、私たちって付き合ってんの?』
始発の時間を調べようと、iPhoneの画面をタップすると。
背後が、無反応。
・・・別に、どっちでもいいんだけど。
首だけで振り返ると、まだ目を丸くしたままの彼が。
「今まで彼女から言われたことの中で、一番ショックなんだけど。」
と、呟いた。
『だって、あたしのこと好きとか愛してるとか、言わないじゃん。』
「は?俺言ってるじゃん。」
『えっちしてるときだけじゃん。』
「だって、してるときにすげぇ思うんだよ!」
怒ったような、真剣な顔が。
本音っぽい、一言が。
やばい。
今まで彼氏からされたことの中で、一番可愛いんだけど。
『タクシー呼んで。今日はもう帰る。』
赤く火照った顔を見られたくなくて、床に落ちてる下着を拾おうと手を伸ばしたら。
「亜矢。」
彼が、降ってきた。
「愛してるよ。」
世界で一番
甘い言葉と、一緒に。
『・・・えっちのときしか言わないんじゃないの?』
「ちげーよ。笑
思ったときにしか、言わないんだよ。」
あたしは、理沙さんを笑わせた航が好き。
それは、この男を抜かして言えば、の話。