「理沙、よく聞いて欲しいんだけど。」


ソファで、隣に座った彼は。
私の髪を優しく撫でながら、口を開く。


「この前、危ないことがあっただろ。
俺はその時、そばにいられなかった。」


濡れて見えるほど、熱い瞳。


「どれだけ怖い思いさせただろうって思うと、眠れなかった。」


きゅっと、心臓が締まる。

きっと、この人は。
本当に、私のために眠れない時間を過ごした。


「今まで以上に、自分で自分のことを大切にしてほしい。四六時中、そばで見ててあげられるわけじゃないから。
俺にとってもだけど、ご家族にとっても、航にとってもそうだよ。理沙は、本当に大切な人なんだよ。
理沙が周りの人たちを大切に思うなら、まずは理沙自身で自分を大切にして。」



“航にとっても”

ちくんと胸が痛んだのは、その響きに対してじゃなくて。
こんなときにも、恋敵の名を出せてしまう彼の優しさに、反応したから。


頷いた私の髪を。左側に、優しく分ける。



「うちにおいでって言ったのは、本心。
どんなときにでもいいから、理沙が不安に思う時には、うちを使って欲しいって思ってる。」


だから鍵は返さないで、と静かな声が笑んだとき。
この部屋に入るために渡された鍵を、そのまま返していないことに気づく。

慌てて、クラッチを開けようとした手を。優しく抑えられる。




「だから、持っててって。」






この人の優しさは。

もう言葉にできないな。


苦しくなるほど、

果てのない深さで私を飲み込む。






「今日は、どうしてもこの話がしたかったんだ。」

『さっき、ごめんね?』

「え?」

『クラブで。絶対、待ってるって言ったのに。』


くだらない男の、くだらない嘘にひっかかった。
情けない自分。


「ああ・・・あれは、あんなところで目を離した俺が悪い。待たせてたし、連絡もしなかった。
こちらこそごめん。強引に、手を引っ張ったこともごめん。」



怖かった?と。
眉を潜めて私を覗き込む顔の綺麗さに、心臓が跳ねる。

怖いわけ、ないのに。

そんな瞳で包まれたら。
なんだか、ものすごく不安でものすごく怖かったような気分になってくる。



私、この人といると。

どんどん弱くて素直で
無防備な自分になっていく。