もしもし。扉、閉まってますけど。
押してらっしゃるの、“閉”のボタンですけど。
ゆっくり、私たち2人きりに戻った空間。
周りの音が遮断される。
______________そう思ったのも、束の間。
「最後に航に会ったの、いつ?」
小さなため息の後。
振り返らないまま、彼は聞いた。
『こう・・・航大?
えっと・・・あの時だから、水曜日?』
ていうか・・・何で、今、航大?
「むしろ痛くなかった?それ。」
ソレ?
一瞬、何のことを言ってるのか分からない。
『え?どこも痛く・・・ない。よ?』
やっと私を振り返った、苦い表情。
すっと、細くなる瞳。
怒りなのか悲しみなのか読み取れない。
そう感じた瞬間。
今度は強く、腕を引かれて抱きしめられる。
辺り一面に立ち込める、BVLGARIの香り。
『え・・・あのっ・・・
・・・!!』
“最後に航に会ったのは”
“むしろ痛くなかった?”
やばい。
私、今日。
航大が“噛み付いた跡”に、何も施さずに出てきてしまった。
かあっと、右の首元。ある一箇所が熱くなる。
紫色に枯れた花びらは。
今も色濃く、私の首元に散っているはず。
なんてデリカシーのない女。
最低だ。
彼はいつから、こんな情けない私に気づいていたんだろう。
一体どれくらいの時間を、気づかないふりで甘く埋めてくれてたんだろう。
『かなめく・・・』
身動き取ろうとすれば、より一層強く抱かれる。
それにしても、この状況はまずい。
誰かに見つかったら。
もう一度彼の胸を押してはみるけど。
弛むことなく、私を押さえつける堅い腕。
どくんどくんと、自分の心臓が熱く鳴るのを感じる。
「力ずくでどうにかなるかもなんて、思わせるなよ。」
耳穴に降る
甘く低い掠れ声。
あれは、力ずくなんかじゃなくて。
一瞬の油断が生んだ、あっという間の致命傷。
「頼むから。」
やばい。
なんだか、私。
泣きそう。
音を立てて、要くんから流れ込んでくるものは。
怒りでも、悲しみでもなくて。
『航大・・・に・・・?』
いつもと変わらない、私を波のように飲み込む愛情。
どんな私にも、変わらず注いで。
五感を満たしていく。
「違う___________俺に。」
狭い密室で
満杯に埋まる胸に、堪え切れずに涙が溢れ堕ちたのと。
燃えた唇が、私の次の言葉を塞いだのは
ほぼ、同時だった。