振り返った視界に、最初に入ってきたのは。
私の左手首を包む、日に焼けた華奢で大きな手。
その手首には、サファイアブルーのオメガ、シーマスター。
辿って見上げれば、軽く息を切らした
彼がいた。
「どこ行くの?」
うっすら額に汗を滲ませて、低く尖った声が飛んだ。
サッと、抱かれていた肩が解放される感覚。
『あれ?要くんが飲んでるところに・・・』
言いながら、更に険しくなる顔色を見て。愚かな自分に、やっと気づく。
私、今。
くだらない罠に、まんまとハマった。
『・・・!』
瞬間、頬が熱くなり。
慌てて振り向くと、もうそこにはあの男はいなかった。
絶対、あそこを動かないって約束、したのに。
簡単に騙されて、連れ出されるところだった。
『ごめんなさ、』
見上げた彼の表情に、息を飲む。
殺気って。
目に、見えるんだ。
去って行ったあの男を追うように、私の後方に殺気立った視線を投げる。
こんな気配の要くんを
私はまだ、知らない。
一瞬、周りの爆音が何も聞こえなくなって。
「帰るよ。」
彼の静かな声だけが、ストロボのように脳内で響いたかと思うと。
強く左腕を掴まれたまま、歩き出した。
私を振り返りもせず、
人混みを避けることもせず、黙々と出口を目指す。
『あ、すいませんっ、・・・』
途中で、私も
きっと要くんも、
何人もの人にぶつかったけど。
要くんは、一度も立ち止まりもせず、私を庇うことももうしない。
嫌われた、かも。
数日前の浅はかな油断が生んだ、あの事件に。
今の、愚かな行為。
自分で自分に呆れる。
私は、要くんの優しさと配慮を踏みにじった。
振り返らない背中を、ただ追いかけながら。
私は止まりそうになる思考を
ただただ情けなく揺さぶり続けていた。